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食事会はほんわかとした空気で進む。特に4歳の双子、ガネッシュとヒマールの笑顔に癒されていた。
「なあ、そこの親の七光りちゃんの店、俺様にくれよ」
ゼオライトのひと言さえなければ。
「どういうことですか?」
ジェマがいつもの笑顔を引っ込めて商人らしい笑みを浮かべる。ゼオライトは面白そうに目を細めるとニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「だってそうだろう? キミのような女のガキが店主だなんて、客は来ないだろ? 来るのはロリコン親父ばかりで腕を見込むようなやつは来ない。まあ、そもそも腕がないだろうし仕方がないのだろうけどな」
ゼオライトの言葉にその場の空気がキンッと凍りついたように冷たくなった。ターコイズとアイオライトも引き攣った笑みを浮かべ、ジェットは鋭く威嚇する。ハナナも不安げにジェマを見つめた。
「親の名前で集めた客なんざ、すぐに離れていくんだよ!」
ゼオライトは嫌味たっぷりに言う。食堂に響く高笑いにマインの眉間に皺がよった。
けれどジェマとジャスパーは余裕たっぷりに微笑んでいた。
「確かに、店主が私になってから店舗の売り上げは低迷していますね」
ジェマの言葉にゼオライトは鼻をフガフガと鳴らして、ニタニタと笑った。
「そうだろう! そうだろう!」
「えぇ。私の名前や肩書きでは、お客さんはお店まで足を運んではくれません」
ジェマの静かな声をゼオライトの傲慢な無駄に間延びした声がかき消そうとする。ゼオライトはニタニタと笑みを深めるが、ジェマはにっこりと商人らしい落ち着き払った笑みを崩さない。
「私の作った道具では売り上げも父には及びません」
「そうだろう、そうだろう。俺様ほどの腕がなければ月に7万マロなんて稼げねぇよなぁ?」
ゼオライトは胸を張る。道具師の年収は85万マロからが高収入とされる。月収で言えば7万マロ程度で小金貨2枚とあと少し。ターコイズとアイオライトの店〈タンジェリン〉やスレートが店主を勤めていたときの〈チェリッシュ〉の月収には足元にも及ばないけれど。
「お金はいくらあっても困りませんからね。特により良い素材を買うためには」
ジェマの言葉にターコイズとアイオライトは深く頷いた。より上質なものを作るためにはよりお金が必要になる。1つ低品質のものをいくつも売ってようやく次の道具を1つ作るために必要な素材を買い集めることができる。
「採取に向かって素材費を抑えるにしても、試作品や制作ミスも考えると余分なお金なんて言っていられないくらい稼がないといけませんからね。もう、毎月出納帳を見るのが嫌になります」
ジェマの言葉に経理を担当しているアイオライトとオパールは深く頷いた。
特に魔石付与魔道具や魔道具は道具本体の失敗だけでなく魔石や魔術の付与の段階でロストすることがある。2つに1つは失敗するものだと考えて値段を付けなければすぐに首が回らなくなってしまう。
けれど客たちは安いものを求めて、値上げなんてもってのほかだと訴える。社会的に労働環境の見直しが行われたとき、民衆は収入の増加を喜んだ。けれどその反動として原材料費が高騰した。職人たちも値上げをして対応したけれど、収入は変動がなかった。
その歴史から、最近職人たちが商品の更なる値上げ、もしくは原材料費の値下げを訴えた。けれどそれは民衆の声に一蹴された。
「赤字にならない道具師や職人たちなんていないんですよ」
ジェマの歳に似合わない投げやりな言葉に場の空気が沈んだ。ゼオライトは小さく舌打ちをしてフルーツジュースを煽ると無言でメイドにおかわりを注がせた。マインの眉間の皺が深くなったけれど、ゼオライトがそれに気が付くはずもなかった。
「ちなみに、ジェマはどれくらい稼げているんだ? 生活には困っていないか?」
ターコイズが祖父心に不安になって尋ねると、ジェマはニコリと微笑んだ。
「お父さんからお店を継いですぐは月に1,000マロも稼げなかったけど、今は協力してくれる人たちのおかげで月に45万マロくらいは稼げていますよ。まあ、ちょっと色々あって店舗と作業場が破壊されたので結局出費の方が多くなりそうなんですけど」
苦笑いを浮かべたジェマの言葉にターコイズたちから感嘆の声を上げる。ジャスパーもグイッと胸を張った。ゼオライトだけは表情がヒクヒクと引き攣ったけれど、ジェマはもう関心の外に追いやった。
「お父さんの代から良くしてくれている商人さんの力を借りているんです」
「なるほど。街中なら店まで足を運ばない人や職人にこだわらず商人の目利きを信頼している人をターゲットに商売することができるからな」
ターコイズがうんうんと頷く。一方、これまで余裕綽々な表情で任務に集中していたシヴァリーが指を折りながら考え始めた。
「えっと、俺の月給が……」
「シヴァリー、ジェマの素材採取のときの命の張り方やその強さ、そして商品の素晴らしさを考えれば当然の差ですよ」
ハナナが諦めたようにシヴァリーの肩をポンポンと叩くとシヴァリーはガクッと項垂れた。