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ジェマは話が切れたとき、スレートの話をしようと息を深く吸い込んだ。
「あの、お父さんのことですが」
「スレートの、か。今日共に来ていないということは、店を空けられないのか野垂れ死んだかのどちらかだろうな」
ターコイズが寂し気に笑うとジェマは言葉に詰まった。ジャスパーは俯くジェマの肩から飛び降りるとターコイズの前に歩み出た。そして跪くと応接間にいたハナナを除く全員がジャスパーを見た。
「スレートは盗賊に襲われ死した。我が共に暮らしていながらスレートを死なせるようなことになってしまい申し訳ない」
ジャスパーが頭を下げると、その場がシンと静まり返った。ハナナもジャスパーの姿が見えているわけではないが、空気を呼んで静かにしている。
「盗賊に?」
ターコイズは釈然としない顔をしていたけれど、スレートの死に関しては理解を示した。アイオライトは1粒の涙を流したけれどその涙もすぐに乾いた。
「あのスレートを殺せる盗賊がいるとは思えない。が、死んだことに変わりはない。スレートの墓参りをしたいのだが、墓はどこにある?」
「私たちの家の裏手にあります。お店もやっていて、〈チェリッシュ〉と言います」
「〈チェリッシュ〉か。行ったことはないがスレートの店だと街の連中が騒いでいたことがあったな」
ジェマが答えるとターコイズはスイッと目を細めた。ジェマはドキドキしたけれど、ジェットの安心させようとする気持ちが伝わってきて落ち着いた。
「3週間後にはお店も再オープンする予定なのでよろしければいらしてください」
「今は誰が墓守をしているのかな?」
「スレイという自立思考型のゴーレムに任せています」
「自立思考型のゴーレム?」
ターコイズとアイオライトは興味津々な様子で話に食い付いた。スレートの死に関する話よりも食い付きが良いかもしれない。
「ゴーレムは金属製か? 土製か?」
「自立思考はどうやって付与しているの?」
2人がグイグイ聞くと、ジェマも目をキラキラと輝かせて答え始めた。道具師たちが3人ワイワイと話すのをジャスパーとジェット、シヴァリーとハナナは何が何やらという顔で聞いていた。
ひと通り話した3人がようやく落ち着くと、話は今夜の食事会の話になった。
「メイソン家とファーニスト家。今はもう後継者のいない我が家に力はないが、それでもこの街の発展を祈っていることに変わりはない。だからこそ我が家が今後の統治を放棄したとしても会話の機会を取ろうとしてくれる」
「そうなのですか」
「まあ、何となく慣習として行事が残っているだけという気がしなくもないがな」
ターコイズが言うと、ハナナが1歩前に出た。
「伺っても?」
「どうぞ」
「ジェマさんを次の後継者にしようとは思わないのですか?」
ファーニスト家の血を継ぐ者。ジェマの出生について調査をしているジャスパーとシヴァリーはそれを言葉にすることを躊躇う。けれどジェマをファーニスト家の人間だと信じて疑わない者からすれば当然の疑問だった。
ハナナの問い掛けに、ターコイズとアイオライトは顔を見合わせた。それからジェマを見据えた。
「もちろん、ジェマがそうしたいと望むのであれば考えよう。しかしジェマはスレートと同じように自らの店を持っている。それも街の外に。いくら血を継いでいても、街の外から街のことに口を出す者を街の者たちも良くは思わない」
ターコイズの言葉は最もだった。何も知らない人間に自治をされる。それは自らの領地を他の領地に易々と売り渡す行為に近しい。きっと誰も望まない。
「それに、ファーニスト家が自治から手を引くということは私たちの決定だったの」
アイオライトの言葉にハナナは眉間に皺を寄せて首を傾げた。書物にはなかった情報。つまりは表と裏では話が違うということだ。知られてはいけない話。それをそう簡単に話して良い物なのかと戸惑った。
「良いのよ。どうせみんなはこの街の人間ではないもの。動揺もしないでしょう?」
アイオライトはそう言って微笑むと遠い目をして話し始めた。
「私がファーニスト家に嫁いだとき、私は街の自治を取り仕切る者として相応しいと推薦を受けてこの家に嫁いだの。元々ターコイズは私の兄弟子だった。嫌いではないけれど、気難し屋の嫌な奴だと思ったわ」
「おい」
「本当のことよ」
ターコイズが渋い顔をしたけれど、アイオライトはふいっとそっぽを向いた。
「まあ、ターコイズが私を愛してくれたから私は幸せに暮らすことができたわ。だけど私のお姑さんは違ったの。ただ虐げられて知力を使うための道具のような扱いだった。私はその実情を知ったときにこの制度はおかしいと思うようになった。それからスレートが生まれて、スレートが初めての恋人を連れて来たときに私はスレートを守らなければならないと思ったの」
アイオライトの言葉にターコイズは目を伏せた。唇を噛み締めて、まるで罪悪感を感じているかのような表情だ。ジェマはその表情の痛々しさに視線を逸らしたくなった。