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冒険者アドヴェル

2024.06.16.15:07加筆修正を行いました。


 ジェマは【ヒールコット】を探していたけれど、喉が渇いて手を止めた。【クレンズキャンティーン】を取り出したけれど、何か物音が聞えた気がして顔を上げた。慌ててジャスパーを探すとその途中で木の陰から自分を見つめる視線に気が付いた。


 目の前に現れたのは褐色の毛並みに黒い縞柄が特徴的なパンセラタイガー。突如現れた肉食獣と目が合って背筋が凍らない人間はいない。



「じゃ、じゃすぱ」



 ジェマは慌てて出てきたせいで武器を持っていない。細い声で頼みの綱であるジャスパーを呼ぶけれど、ジャスパーには聞こえていない。ジャスパーの目は【コット草】の識別に夢中になっていた。ジェマはパンセラタイガーから視線を離さないままジリジリと後退する。けれどパンセラタイガーもジリジリとジェマに近づいて行く。



「大丈夫か!」



 ジェマがスレートとまた暮らせると安らかに生を諦めたとき、颯爽と現れた黒い防具の女がジェマとパンセラタイガーの間に立ち塞がった。刀身が比較的長い刀を握る短髪の女。女は刀を握ってパンセラタイガーに突っ込んでいく。



「おりゃぁっ!」



 男にも負けない腹から出る地響きのような声。突然の攻撃に驚いたパンセラタイガーは逃げる間もなく一撃で撃退された。



「よし!」



 グッと拳を握った女は刀を鞘に納めてジェマに駆け寄る。



「大丈夫か?」


「は、はい。危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」


「ジェマ!」



 ジェマがドギマギしながらもお礼を言ったころ、ようやく騒ぎに気が付いたジャスパーがジェマに飛びついた。ジェマは女に不思議に思われないようにジャスパーにチラリと視線を送るだけに留めた。



「おや。これは精霊かい?」



 しかし女は真っ直ぐにジャスパーを見つめる。ジェマもジャスパーも驚いて目を見張ると、女はハッとして2人から1歩離れた。



「悪いな。踏み込んだことを聞く前に名乗るべきであった。私はアドヴェル・クラーク。冒険者を生業としている。ここへは依頼を受けてやってきたんだ」



 アドヴェルはそう言うと、首から下げていた銀板をジェマとジャスパーに見せた。銀板は銀級冒険者の証として冒険者ギルドから発行されたもので、身分証明書としての効力がある。


 冒険者ランクは鉄級から銅、銀、金、プラチナ級と設定されている。ランク相当の依頼を規定数こなすことで昇格が許されるシステムだ。級の冠された名前と同じ素材の金属板がそれぞれのランクを示している。



「私はジェマ・ファーニストです。この森の近くで道具屋を営んでいます」


「ジェマか。よろしくな。営んでいるってことは、成人してるのか?」


「はい、2ヵ月前に」


「ほお、それはおめでとう。2ヵ月で店主となるとは、頑張っているな」



 アドヴェルはそういうと、屈んでジェマの頭を撫でた。ジェマは驚きながら、目の前にやってきたアドヴェルの装備をマジマジと確認していた。


 銀級ならば1ヵ月の収入は繁盛している店舗と同等程度にはなる。1年頑張れば自宅を構えることもできる。それくらいの稼ぎの層だ。それだけのことはあって装備もかなり上等なものを購入できる。


 はずなのに。


 アドヴェルの装備はかなり安物である。正確にいえば、刀に関しては実力より少々ランクが低い程度のものを装備している。しかし防具はあまりにも実力に見合っていない。危険地帯へ足を向けることが増える銀級冒険者には心許ない防具を着ている。



「ところでそこの黒豚の精霊さんはジェマの契約精霊かい?」



 アドヴェルがジャスパーを指差すと、ふよふよと浮遊していたジャスパーはジェマの肩の上に止まった。



「はい。ジャスパーは私と契約しています。あの、アドヴェルさんは精霊が見えるのですか?」


「まあな。私は一応牧師の家の出身なんだ。と言っても頭が悪くて腕っぷしにしか自信がなくてね。だけど12のときに家を飛び出してからは冒険者としてそれなりにやってこれているから、自分の能力に不満はないよ」



 あっけらかんと笑ったアドヴェルは、刀の柄に手を当てた。ジェマの視線も自然とそちらに移った。ジェマは少し考えてからアドヴェルを見上げた。



「その刀、もうアドヴェルさんの戦いについていくことは難しいですよね? 防具もかなり傷んでいます。今回のお礼に私の店の装備をプレゼントさせてください」



 ジェマの提案に、アドヴェルは目を見開いた。そして刀の柄を慈しむように撫でると首を横に振った。



「こいつは私が冒険者になってすぐに買った相棒でね。もう力に見合っていないことは分かっているんだけど、どうしてもこいつから他に変える気にもなれないんだ。だから防具だけお願いしても良いかな?」



 アドヴェルの言葉に、ジェマはすぐに頷くことができなかった。視線は刀にジッと注がれたまま。アドヴェルが言葉を間違えたかと焦り出したころ、ジャスパーがジェマの肩をつついたことでようやくジェマの意識が戻ってきた。



「わっ」


「ジェマ、ボーッとしてどうしたの?」


「ジャスパー。ありがとう」



 ジャスパーの頭を撫でたジェマはアドヴェルに向き直る。その真剣な表情に、アドヴェルは思わずゴクリと音を立てて唾を飲んだ。



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