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 部屋に引きこもったジェマは、早速手持ちの材料を引っ張り出す。



「シワを伸ばすのに必要なものは? そう、水分と熱! 熱の振動で皺を伸ばして、水分はその効果を増大させる!」



 ジェマは1人で自問自答し始める。ユウは邪魔に鳴らないように部屋の隅へ、ジャスパーとジェットはジェマの傍に控える。



「ジェマ、どうしてそこまで分かっていて道具が作られない?」


「これを解明したのはお父さん。その原理を形にする前に亡くなったから」



 ジェマは寂しそうに笑うとガサゴソと次元袋を漁った。ジャスパーはなんとも言えない表情でジェマを見つめていた。



「あった、ホールアラクネの糸とボトル容器、それから鉄製のフライパン」


「おい! それは我の……まあ、良い」



 自前のフライパンを材料として持っていかれたジャスパーはガクッと肩を落とした。



「えーっと、あとはほんのり温める程度の火属性魔法の魔石を3種類と水属性魔法の魔石を1つ」



 ジェマは早速フライパンに風属性魔法で穴を開ける。ジャスパーは遠い目をして窓の外に視線を向けた。ジェマはそれには気が付かずにテキパキと作業を進める。



「この穴に火属性魔法の魔石を並べて、こっちに水属性魔法の魔石。ここにホールアラクネの糸を入れたらボトルに差して、ボトルはここに固定して……」



 ジェマは材質同士が干渉し合わないことだけを意識して淡々と作業を進める。そして簡易的な【シワ伸ばし機】が完成した。



「できた。よし、これをセラフィナさんに試してもらおう!」



 ジェマは早速部屋を飛び出していった。部屋に残されたジャスパーは苦笑い、ジェットは2本の脚を挙げてピョンピョン踊る。ユウはポカンとしていたけれど、慌ててジェマの後を追った。



「セラフィナさん!」



 ジェマがカウンターに駆け込むと、セラフィナはどうにかシワを伸ばそうと生地を引き伸ばしていた。ジェマが飛び込んで来るとパッと顔を上げて、その手に持たれた謎の物体を前に眉間に皺を寄せた。



「それは?」


「簡易的なものですけど、【シワ伸ばし機】です! 多少の魔力で使えるので、試してみてください!」



 セラフィナは恐る恐る【シワ伸ばし機】を受け取ると、まずは自分のシャツでその効果を試し始めた。



「このシャツなら、真ん中の温度ボタンだと思います。素材ごとに温度調整を3段階でできるんです」


「へぇ……じゃあ、このボタンは?」


「ここを押すと水が出ます。軽く濡らしてから温めつつ引き伸ばすとシワが伸びやすいんです」



 セラフィナはなるほどと言いながらシャツに【シワ伸ばし機】を当てる。



「ゆっくり、すーっと撫でるように動かしてください」


「わっ、すごい……」



 【シワ伸ばし機】が通ったところから、シャツのシワが瞬く間に伸びていく。セラフィナの目はキラキラと輝いた。



「これだけの効果があるなら、お客様のものにも試してみましょう!」


「この素材なら弱のボタンを押してください」


「分かったわ」



 セラフィナは本命であるお客のシャツに【シワ伸ばし機】を乗せる。丁寧に撫でていくと、しわくちゃだったシャツはすっかり綺麗になった。



「すごいわ! これならきっと納得してもらえる! ジェマさん、ありがとう。ジェマさんは本当に優秀な道具師なのね!」


「喜んでもらえて良かったです。それは試作品なので、また完成したらプレゼントしますね」


「いえ! こんな素晴らしいもの、プレゼントじゃもらえないわ。完成したら、宿代ということにしてちょうだい」



 セラフィナはにっこりと微笑むと試作品の【シワ伸ばし機】を愛おしそうに眺めた。ジェマはその姿を間近で見て、照れ臭くも温かい気持ちでいっぱいになった。



「分かりました。そうさせてもらいますね」



 頷いたセラフィナは踊るように他の服にも【シワ伸ばし機】を滑らせていく。ジェマはそれを満足気に見つめる。そのとき、〈クリノクロア〉のドアが開いた。



「いらっしゃいませ、クリエータス様」


「こんにちは、ミス・セラフィナ。預けていたシャツはどうなりましたか?」


「こちらに」



 セラフィナが自信満々にシャツを見せると、クリエータスは目を見開いた。そして苦虫を潰したような顔になった。



「ミス・セラフィナ? どうやってこのような仕上がりに?」


「他のお客様が発明してくださったこちらの道具を使ったのです」


「……なんだこれ」



 クリエータスはジッと【シワ伸ばし機】を見つめる。そして拍手をするとにっこりと人の良い笑みを浮かべた。



「ミス・セラフィナ。このような素晴らしい仕上がりにしてくれたキミには俺様の妻になっていただきたい。如何かな?」


「いえ、私は何も。こちらを作ってくださった方が素晴らしいのです」



 ジェマは急な求婚シーンを前にして小さくなってドキドキ見入っていたけれど、セラフィナが貼り付けたような笑みを浮かべていることに気が付くと首を傾げた。



「ほう。これを作った道具師とは? さぞ優秀でベテランの男なのでしょうね」



 クリエータスの笑みが嫌なものになる。ジェマが思わず眉間に皺を寄せると、エントランスの隅にいたジャスパーとジェットがジェマの傍にやってきた。ユウも構えこそしないものの、すぐにジェマを守れる位置まで移動した。



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