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 オレゴスの街は鉱山と産出品の加工で栄えた。その繁栄は鉱山の開拓を推し進めたメイソン家と加工技術に長けたファーニスト家によって支えられたものであった。名実ともにメイソン家とファーニスト家の屋敷を中心に街が発展し、かつて村であったオレゴスは街になった。



「以来オレゴスではメイソン家とオレゴス家から交互に街の長を輩出することとなった。しかしそれは十年前に途絶えることとなった。修行に出たスレート・ファーニストが失踪した」



 ハナナが読み上げた書物の内容にジェマはぽかんと口を開けた。スレートが疾走されたとされる年はちょうどジェマが生まれた年だった。



「私が生まれたことと、関係があるのでしょうか」


「そこまでは分かりかねます」



 ハナナは困ったように眉を下げると続きに目を通し始めた。ジェマは言いようのない不安に胸を抑えた。


 スレートの失踪により街は不安に揺れた。しかし2年後、スレートの居場所が判明した。スレートが若くして所有者固定魔道具師となったことでその居場所は誰もが知ることとなった。それと同時にスレートが店舗を構えていたことも明るみになった。



「お父さんがお店を持ったのは私が生まれたころです。生計を立てるため、と言っていました」


「子どもを抱え1人で育てながら店を開店させる。それは生半可な技術と覚悟ではできないことでしょうね」



 ハナナはジェマに微笑みかける。ジェマは嬉しそうにはにかんだ。


 スレートの居場所は街でも話題になり、何人も同郷の人間がスレートの店を訪れた。しかしスレートの姿はなかったという。スレートはそういう日には必ず採取に出かけており、待てど暮らせど帰ってこない。同郷の人間たちはスレートの姿も店も見ることができずに街に戻った。


 ある街の人間が言った。スレートには子どもがいるようだ、と。ファーニスト家に跡取りが生まれたかもしれない。街は活気づいた。しかし一向にスレート本人と会うことができない。スレートに子どもがいるのか、本当のところは分からないまま月日が経った。



「これでこの書物のファーニスト家についての記述は終わっています。残りはメイソン家の近年の動向についてだけですね」


「そうですか」


「いや、ここ。ファーニスト家だ」



 カポックが指を差した場所。そこにはメイソン家とファーニスト家の会合について書かれていた。


 現在メイソン家は当主を含め全7名。なかなか子どもに恵まれない中でも確実に子孫を残している。けれどファーニスト家には生きているはずでも会えないスレートと、噂でしかない娘だけ。ファーニスト家はこれにて街の長としての任務を放棄する方針である旨を伝えた。



「どうしよう。私のせいで……」



 ジェマは震える。自分のせいでスレートは街に戻らないことを選んだのかもしれない。スレートに家族や故郷を捨てさせたかもしれない。それはジェマにとって重くのしかかるものだった。



「ジェマさんが悪いということはないと思いますよ。ジェマさんのお父様は、ジェマさんを守りたいという思いの強いお方だったようですし、何か理由があったのではないでしょうか」



 ハナナの言葉にジェマは少し気持ちを持ち直した。深呼吸をして書物に視線を戻す。ファーニスト家についての記述は他にはなく、ジェマはパタンと書物を閉じた。



「どうしますか? 実際にファーニスト家へ行ってみますか?」



 カポックがジェマに問いかける。ジェマは少し考えた。



「ジャスパーたちと、相談します」


「分かりました」



 カポックは引き下がるとハナナに視線を送った。ハナナは大量の書物を前に風の速さで目を通し終えると、ニコリと微笑んだ。



「そろそろ詰め所に戻りましょうか。ジャスパーさんたちもお待ちでしょう」



 ハナナとカポックとともに図書館を出ようとしたところでジェマは異臭を感じて足を止めた。その正体は作業員たちの汗や土の匂いが全て混ざったもの。ハナナは肩を竦めた。



「風呂はどこの街でも普及していませんからね。仕方がありません」



 ハナナの言葉にジェマはなるほどと頷いた。ハナナの言う通り、オレゴスの街以外でも風呂は貴族や王家、道具師の家にしかない高級品だ。ジェマはうーんと頭を悩ませながら騎士団詰め所に戻った。


 そこからカポックからユウへ護衛が入れ替わり、ジェマはユウとジャスパー、ジェットと共に宿へ戻った。するとそこでセラフィナがため息を漏らしていた。



「ただいま戻りました」


「あら、おかえりなさい」


「どうかしたんですか?」


「それがね……」



 ジェマが聞くと、セラフィナは1枚のシャツを取り出した。シワシワでよれよれ。けれど生地は上等なものだった。



「お客様がパーティーに着ていきたいらしいのだけど、シワが伸びてくれなくて……って、お客様に聞かせる話じゃないわね」



 セラフィナは困ったように笑う。ジェマはそれを見てどうにかしたいと思った。その瞬間に、セラフィナの手を取ってしまっていた。



「お任せください! 必ず助けになる商品を作りますから!」



 ジェマはそう言い残して、ドタバタと部屋に駆け上がる。ユウは慌ててセラフィナへ一礼してジェマの後を追う。ジャスパーは呆れながら、ジェットは楽しそうにさらにその後ろを付いて行った。セラフィナはポカンとしたままそれを見送った。



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