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ジェマがベッドにジェットを寝かせると、ジャスパーはジェットに蹄をかざした。
「ジャスパーさん、状況は?」
部屋に駆け込んできたシヴァリーが聞くと、ジャスパーは顔を顰めた。ジェットからジャスパーに大量の魔力が流れ込もうとして、ジャスパーは慌てて蹄を離した。荒い呼吸を繰り返すジェットとふらつくジャスパー。ジェマは慌ててジャスパーをキャッチした。
「魔力過剰だ」
「魔力過剰?」
「魔力は同じ属性の魔力同士、水のように引き寄せられる性質がある。今回はジェマから漏れ出た魔力がジェットの体内に流れ込んでしまったんだ」
魔力過剰は街中でも度々起こる現象だ。魔力が多い使い手から漏れた魔力が流れ込み、小さな回路に収まりきらずに苦しみ出す。濁流が用水路に流れるようなものだ。
「魔力過剰の治療法は魔力過剰状態の人物に魔法を使用させて、同じ属性の魔石に流し込むことが一般的だ」
シヴァリーの言葉にジェマは目を輝かせて身を乗り出した。
「じゃあ、闇属性魔法の錬金魔石なら!」
「この感じだと軽く100個は破壊するぞ」
「……そんなに持ってきてない」
ジャスパーの言葉にジェマは馬車の荷物を取りに行こうとした足を止めた。
「他の対処法だと、同じ属性の魔法を持つより魔力量の多い人間に吸収してもらうしかないな」
「闇属性魔法を持つ人間なんて、王家の人間しか……」
シヴァリーの言葉にユウがわなわなと唇を震わせる。ジャスパーとシヴァリーは顔を見合わせた。ジャスパーはシヴァリーに向かって頷いた。
「これは元々ジェマの魔力だ。ジェマなら魔力量も膨大だし、属性も合致する」
「分かった。やる。どうしたら良い?」
ジェマは即座に腕捲りをした。ユウは戸惑いを隠せていないが、ジェマは自分の属性がどうとか考えることもしなかった。ただジェットを救いたい。
「我もサポートしよう。シヴァリー、ジェットを寝かせられる大きさの石を持ってきてくれ。ジェマはジェットに手を翳して、我の準備が整うまで少しずつ魔力を感じ取る練習をしていてくれ」
ジャスパーの指示でジェマとシヴァリーが動く。ユウはその場で固まっていた。
「ジェマ、魔力は緑のオーラだ」
「え、黒いよ?」
「固まりすぎてるな……そこは我がどうにかする。ジェマは解した魔力を吸い上げてくれ」
「分かった」
「石持ってきたぞ!」
シヴァリーが持ってきた石にジェットを寝かせると、ジャスパーが蹄を翳した。ジェットの周りの黒い塊が少しずつ解れて、ジェマはそれを手のひらを翳して体内に取り込み始める。
次第に真鳥の吸収が間に合わない緑色の魔力が螺旋状に真鳥の周りを回る。けれど真鳥はただ冷静に魔力の吸収に集中する。その幻想的な光景にシヴァリーとユウは唾を飲んで見惚れた。
「ピピ……」
ジェットの声にジェマは目を開けた。その瞬間に集中が途切れて魔力が真鳥を飲み込もうと激しく真鳥の周りを駆け巡り始めた。
「馬鹿!」
「あっ! ごめん!」
ジャスパーの叱責でハッとした真鳥は慌てて魔力操作に集中する。ジェットがすっかり元気になると、ジャスパーはジェットとジェマの間に魔力阻害の素材を差し込んだ。ジェマはそれに気が付くことなく着実に魔力を吸収していく。それが全て終わったとき、ジェマはふらつくこともなく立っていた。
「終わったぁ」
「ピピッ!」
ジェットはジェマに抱き着いた。ジェマが抱き留めると、2本の脚を元気に持ち上げた。なおも悲し気なジェマにジェットは元気だと伝える。
「ジェット! 苦しめてごめんね」
「ピピィ」
ジェットは大丈夫だとジェマに擦り寄る。ジェマはジェットを優しく抱き締めた。
「ジェマ。今回のようなことが起きないように、今後は魔力操作を練習しよう。魔力操作は訓練すれば習得できるから」
「分かった」
「今回もこの間の塗料の錬成のときも、ジェマの無意識のうちに魔力が暴走していた。ジェマは自分の魔力量が測定不可能レベルだということは知っているよな?」
「うん」
「それに加えて、ジェマの魔法は闇属性魔法だ。王家との繋がりは分からないが、ジェマの魔力に闇属性の適正があることと魔法が使える可能性があることは今回のことで証明された。今後はそれについても訓練しよう」
「頑張る」
ジェマとジャスパーの会話にシヴァリーは一切口を挟まなかった。ユウはジャスパーの姿が見えていないから、ジャスパーが話すジェマの重要情報については知り得ない。シヴァリーが話さない限り、知る由もなかった。けれど今回、ジェマが闇属性魔法に適性があることは知ってしまった。
「ユウ。後ほど私の部屋に来い。その間ここはカポックに任せる」
「分かりました」
「そういうことだから、私はこれで戻る。ジェットさんの無事も確認できたしな。ジェマ、あとでカポックが来たらユウと交代させる。夜までにはユウを戻すつもりだが、その間カポックを連れていればどこに行っても構わない」
「分かりました。ありがとうございます」
シヴァリーはニコリと微笑むとジェットに手を振ってからドアを開けた。そこにはこの宿屋の店主がにこやかに立っていた。