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ジェマは受付のお兄さんの態度にもにこやかな笑みを絶やさなかった。
「こちら、ギルド証です」
「はいはい……え?」
ギルド証のデータを確認した受付のお兄さんの表情がピシッと固まった。ジェマはさらににこやかな笑みを浮かべる。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ……し、失礼いたしました。ジェマ様」
「様なんて。他の方と同様にさんで良いですよ」
「は、はい……」
受付のお兄さんは極度の緊張状態。呼吸が浅い。ジェマはにこやかに笑い続ける。ユウは何が起きたのか分からなくてジェマと受付のお兄さんを交互に見た。
「おいおい、なんだよこの嬢ちゃんはよぉ」
そこにテンプレートのように絡んできた酔っ払いのおじさん。ジェマはおじさんに向き直ると丁寧に一礼した。
「初めまして。新米道具師のジェマと申します」
「へっ、こーんなちびっこが道具師だ? 実績は?」
「3か月目で、月間大金貨3枚ほどの売上でしょうか」
「よ、45万マロ……」
酔っ払いのおじさんはそれを聞くと酒で赤かった顔を更に赤く染めた。
「はっ! 嘘を吐くならもっとまともな嘘を吐くんだな!」
「イモンさん! ジェマさんは嘘を吐いてはいません。無駄な争いを起こすようであれば当ギルドはこの街での商売を停止させていただきます」
「へぇへぇ。チッ、面倒くせぇ」
「イモン……イモン・エカスさん、ですか?」
ジェマが聞くと、立ち去ろうとしたイモンはピクリと動きを止めた。そしてくるっと振り向くと濁った目でジェマを見た。
「なんだ、嬢ちゃん、オレンこと知ってんのか?」
「火薬の発明者、イモン・エカス。読んだことがあります」
「……なんて書物だ?」
イモンは表情を変えずにジェマに聞く。ジェマは思い出した。
「父の日記です。父は他の道具師が発明したものについて知識を集めていたので」
「へぇ、そりゃ高尚な父ちゃんだな」
イモンはジェマとの距離を縮めた。ピリピリとした空気を感じ取ったジャスパーは咄嗟にジェマの肩に、ジェットはジェマの背中に控えた。
「じゃあ、嬢ちゃん、その火薬が使われて何が起こったかまで知ってんだろうな?」
「はい。火薬が何に使われ、どんな結末になったのか、それも聞きました」
「……なら分かるだろ? オラア、火薬の発明者って呼ばれんのがいっちゃん嫌いなんだよっ!」
イモンはジェマの胸倉を掴むと殴りかかった。ジャスパーが魔法を発するより、ジェットが糸を吐くより、ユウが剣を抜くより早く。ジェマの前に闇属性の壁が現れた。イモンの拳は時空を操作されてジェマには届かず、自らの足元の影からイモンの拳がニョキッと現れた。
「闇属性、魔法……」
ユウが口をあんぐりと開ける。ジャスパーはグッと拳を握る。ジェットは同じ属性の魔法が有していた膨大な魔力に共鳴して体内にいつもより膨大な魔力が一気に駆け巡って苦しんだ。
「なんだよ、これ……」
イモンは異物でも見るような目でジェマを見るとよろよろと逃げ去って行く。事の成り行きを見守っていたギルド内にいた人たちも今目の前で起きたことを理解できなくて、時間が止まったようだった。
「ジェット! 大丈夫?」
最初に動いたのはジェマだった。急激な魔力量の上昇に苦しんで床にボトッと落ちたジェットを抱きかかえた。ジェマは慌てて暗い赤髪の受付のお兄さんに視線を向けた。
「お兄さん! 近くの宿を教えてください!」
ジェマの気迫にお兄さんの背筋がピンッと伸びた。
「すぐ隣に【クリノクロア】という宿屋があります!」
「ありがとうございます!」
ジェマはジェットを抱えて一礼するとそのまま道具師ギルドを後にした。ユウとジャスパーもその後に続く。お兄さんはその直後、あわあわとギルドマスターの部屋に駆け込んだ。
一方ジェマは馬車を素通りして宿屋に向かう。
「おっと?」
シヴァリーはハナナに指揮を任せてジェマたちを追う。ハナナは騎士たちを引き連れて騎士団詰め所オレゴス支部に向かった。
「あの! 宿泊をお願いしたいのですが!」
騎士2人を引き連れて、魔獣を抱きかかえた少女。そんな異様な光景に、店主の黒っぽい緑髪のお姉さんは一瞬固まった。けれどすぐにハッとすると空き室の鍵を取り出した。
「何名様ですか?」
「えっと……」
「2名で頼めませんか? 契約魔獣と精霊も同室だと有難いのですが」
ジェマが困ると、シヴァリーが助け舟を出した。ジェマはホッとしたけれど、店主は騎士が丁寧な姿勢を見せたことに困惑した。
「え、ええ。もちろん構いませんが……」
「ありがとうございます。ジェマ、ユウを同伴させる。良いか?」
「はい。よろしくお願いします」
ジェマは焦りが隠せない。シヴァリーはそれを感じ取って笑って済ませた。店主が鍵を差し出すと、ジェマはそれを受け取って一礼する。そしてユウを引き連れてバタバタと部屋に向かった。
「すみません。今ちょっと緊急事態で」
「お兄さん、騎士様なのに、変な方ですね」
「いや、俺は平民なんで。って、あ、すみません」
「いえ、その方が気楽です。良ければしばらくお部屋にいてあげてください。あの子、緊急事態に慌てていたでしょう? そういう時は何が起こるか分かりませんから」
「お心遣い感謝します」
シヴァリーは一礼すると柔らかく微笑んでジェマが借りた部屋に駆け上がった。店主はその後ろ姿にニヤリと笑った。