宿屋セラフィナ
ジェマたち一行は清流の洞窟を後にした。ジェットはジェマの肩から膝にピョンッと飛び移る。
「ピピッ!」
「うん、嬉しいね」
ジェマはジェットにニコニコと笑いかける。ジェットの言葉は相変わらずピピッと聞こえている。けれどその音を聞くとジェマの脳内では人間の言語に変換されるようになった。
再び馬車に揺られて移動していると、ようやくオレゴスの入り口のトンネルに到着した。トンネルの入り口にいるのは2人の兵士。ガチャッと音を立てて通り道を塞がれた。
「行ってくる」
「同行します」
「いってらっしゃい!」
シヴァリーとハナナが青い王家の紋章入りのマントをはためかせて馬車を下りるとジェマたちと共にユウが馬車に残った。ユウはにこやかにシヴァリーたちを見送ると、ジェマと座る距離を近づけた。
「隊長と副長は今ここの門を通るための手続きに行ってるんだよ。王家の勅命なら入るときは税金を払わなくて良くなるから。ラッキーだね」
「王家の勅命とどうやって判断するんですか?」
「勅命の文書と、この王家の紋章入りのマントだよ。王国騎士だって分かれば一発だよ」
ユウがそう言うと、急に馬車が動いた。
「ね?」
ユウはそう言うとサッと元の位置に動いてササッと身の回りの荷物をまとめ始めた。ジェマもそれを見習って次元袋に荷物を仕舞い込んだ。
「とまれーい!」
大声が響いてジェマは肩をビクッと跳ねさせた。馬車がゆるりと停車すると、馬車の天幕がシャッと開かれてシヴァリーが顔を覗かせた。
「ジェマ、身分証持ってる?」
「はい」
ジェマは身分証となる道具師ギルドから発行された鉄板を手に馬車を降りた。厳しい表情をしている兵士たちにビクビクしながらそれを見せると、兵士たちの表情が急に和らいだ。
「嬢ちゃん、ファーニストの子か!」
「ほんとだ、黒髪にサファイアの瞳だ」
「じゃあもしかして、スレートの娘っ子か!」
兵士たちはわいわいと盛り上がる。ジェマがポカンとしていると、兵士たちは慌ててピシッと元の姿勢に戻った。
「スレートと言えばうちの街の誇りだからな!」
「おう! ところで嬢ちゃん、スレートは一緒じゃねえのか?」
ジェマは言葉に詰まった。スレートの死はこの街まで伝わっていない。ならばそれを最初に伝えるべきはスレートの両親だ。
「なんてな。王家の勅令に同行してるんだ。なんか事情があるんだろ?」
「嬢ちゃん、頑張れよ」
兵士たちはジェマの様子に気が付くとにこやかに笑ってジェマの肩を優しく叩いた。ジェマはポカンとしたけれど、その優しさに感謝して一礼してから馬車に乗った。
馬車は街の中へ進んでいく。炭鉱の街オレゴス。鉱山に囲まれた街は炭鉱夫たちや鉱石の加工を生業にする職人たちがひしめいている。そして彼らを相手に商売をする人々もいて、街はすぐに分かるほど活気づいていた。
「ジェマはオレゴスが初めてなんだっけ?」
「はい。とても活気があって、鉱石の匂いで満ちていますね」
「鉱石の匂い?」
シヴァリーが懸命に匂いを嗅ぐけれど、シヴァリーには汗と土の匂いしか感じられなかった。シヴァリーが難しい顔をしていると、ハナナはクスクスと笑ってジェマに微笑んだ。
「ジェマさんは道具師として鉱石を扱っているからこそ匂いを感じられるのでしょうね」
「そうでしょうか」
「なるほどな。俺も剣の匂いだけは分かるぞ」
「隊長は剣が大好きですからね」
ハナナの微笑みにシヴァリーは表情を緩めた。そして腕を組むとまた難しい顔で考え込んだ。
「そういや、今日の宿をどうするか考えてなかったな」
「道具師ギルドで聞いてきましょうか」
「頼む。そうだな……ユウ、同行しろ」
「はいっ」
ユウは使命に嬉しそうに返事をすると立ち上がってジェマに手を差し出した。
「行きましょう」
「馬車が停まってからですよ」
「あっ……」
ハナナが注意すると、ユウは照れ臭そうに座った。ハナナは呆れ笑いをしていたけれど、シヴァリーは豪快に笑い飛ばした。
「良いな。その積極性!」
「ありがとうございます!」
ユウはぱぁっと表情を明るくしてシヴァリーを尊敬の眼差しで見つめる。
「なるほどなぁ」
ジャスパーが腕を組んでニヤリと笑ったとき、馬車が停まった。
「行ってこい」
「はい、いってきます」
「いってきまーす!」
ユウとジェマ、ジャスパーは馬車を降りてオレゴスの道具師ギルドに向かった。ジェットはカポックの頭の上で落ち着いている。見つかるとまずいのでお留守番だ。
ジェマたちが道具師ギルドに入ると、ファスフォリアで見かける道具師よりもずっと肉体派の道具師たちがジェマを睨みつけた。ユウが割り入ろうとしたけれど、ジェマはそれを手で制して受付に向かった。道具師たちはユウの青いマントに嫌な顔をした。
「こんにちは」
ジェマが声を掛けると受付の暗い赤髪のお兄さんはパッとにこやかに振り向いた。
「こんにち、は……」
ジェマを見ると明らかに怪訝な顔になって、ユウを見る赤い瞳は嫌悪に満ちていた。
「ご用件は?」
「道具師としてこの街に滞在する許可をいただきに。それからよい宿屋の紹介をお願いしたいと思いまして」
ジェマが下からお願いすると、受付のお兄さんはドカッと態度を大きくした。
「そっかぁ。滞在に、そんな物騒な騎士様をねぇ」
嫌な嘗め回すような視線。ユウは表情には出さずにグッと堪えた。
明日の更新より火・木・日曜連載とします。
作者の都合ですが、他作品共々、今後ともよろしくお願いいたします。