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 塗料らしきものはしっかりと木を黒く塗る。黒は黒でも、漆黒。これまでにない艶と深みのある黒だ。



「塗料としての役割はしっかり果たしている。塗り広げるとすぐに乾くんだな」


「ピピッ!」


「ジェット! それに入ったら真っ黒に……」



 塗料らしきものが入った容器にジェットが飛び込む。ジェマが慌てて容器から掬い上げると、元々黒いジェットの身体では分からないが、ジェマの手にも全く塗料が付いていない。



「どういうこと? 何かに付着したらすぐに乾くわけじゃないの?」


「ジェマ、筆はどうだ?」


「筆……あっ」



 ジェマが筆を取ると、筆の先からぽたぽたと塗料が垂れる。筆は水中にあるときのようにふわふわしていて、けっして塗料が渇いている様子はない。



「木だけに有用?」


「いや、ジェマ、これを見ろ」



 ジャスパーが指差したところ。ジェマが筆を持ち上げたときに垂れた塗料が板の上に垂れていた。しかしそれは弾かれたように水滴の形でそこに乗っかっている。



「塗り広げなければ定着しない?」



 ジェマは指でスゥッと木の板に塗り広げる。塗料は自然と板に馴染むけれど、ジェマの指は綺麗なまま。



「不思議なこともあるもんだな」



 シヴァリーが感嘆している横で、ジェマは次元袋からさらにさまざまな素材を取り出す。それぞれに塗料を塗ると、塗料はどんな素材にも自然と馴染んで漆黒に染めた。



「どれも濡れる。肉にも濡れる」


「……食料が」


「落とせるかやってみる」



 ジェマは【マジックリング】を構える。



「水よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」



 ジェマの魔力によってイメージ通りにシャワーのように水が現れる。ジェマがそれを素材に掛けると、塗料は落ちていく。けれど時々落ちない。ジャスパーは首を傾げた。



「どういうことだ?」


「分かったかも」



 ジェマは仮説の立証のために素材に塗料を塗っては水を掛ける。同じものでも馴染んだり馴染まなかったり。落ちたり落ちなかったり。その摩訶不思議な現象にジャスパー、ジェット、アイロブラウノ(パンダモドキ)、騎士たちは目が釘付けになっていた。



「分かりました。この塗料は」



 ジェマが話し始めると、全員がゴクリと唾を飲んだ。



「塗りたいものだけに塗ることができる塗料です」



 ジェマの言葉にその場がシンと静まり返る。信じがたいもの。けれど目の前で確かにそれを立証するような光景を見てしまっているから、信じないわけにもいかない。



「ジェマ、ノートだ」


「ありがとう」



 全員が情報を整理するための時間を稼ぐかのように、ジャスパーがジェマに翡翠色の革表紙が特徴的な商品ノートを手渡した。ジェマはそこに材料や特徴を記していく。



「材料は、ヤシャブシから採れた塗料と油」


「それからジェマの魔力だ」


「私の魔力?」


「無意識か」



 キョトンとするジェマにジャスパーは苦笑いを浮かべた。そしてジェマの肩にひょいっと着地した。



「ジェマが塗料と油を混ぜているとき、ジェマから微量の魔力が溢れていた。それが干渉したんだろう」


「材料に魔力……」


「ああ。前代未聞だ」



 道具に付与するべきは魔術。魔力は魔術を発動させるときに必要となるもの。これは魔術の基本だ。魔法が使えない人間が魔力の存在意義を見出すことができた理由であるとも言われている。人間が持つ魔力には他の使用用途はない。それが共通認識であるはずだった。



「ジェマは、常識を覆したんだ……」



 シヴァリーはポカンとした顔をする。ジェマは照れ臭そうに笑って、ジェットも2本の脚を持ち上げて小躍りし始める。けれどジャスパーだけは厳しい顔をしていた。



「ジェマ、これを商品化することは認めない」


「え?」



 ジェマの顔から喜びの色が消える。折角の新発見、それを研究して技術として大成させた上で商品化させる。道具師としてすぐに認めてもらうための最短経路だ。新商品の開発をいくつもして、それの売上を報告、客の使用感のアンケートを取ってギルドに提出、なんて手順を踏まなくて良くなる。



「どうしてダメなの?」


「こんな異端な技術、身を滅ぼすだけだ」



 ジャスパーの真剣な目。ジェマは納得がいかなかったけれど何も言うことができない。騎士たちは道具師とその保護者による会話をただジッと聞いていた。


 騎士たちには分かった。ジャスパーが王家の手からジェマを守ろうとしていることが。ジェマほどの腕を持つ道具師は目立つ。王家の人間が欲しいと力を振るうこともあり得ないことではない。


 王家の人間に囲い込まれた道具師の末路。それは戦争のための兵器を作るための道具として扱われる。家族には報奨金が支払われるが、本人に自由はない。家族と会うことも許されない。反抗すれば死罪。それが現実だった。


 騎士たちは歯ぎしりをした。けれど2人の会話には口を挟まない。決めるのは本人。全員が全員、無駄に大人になってしまった。



「ジェマ、スレートは異端だった。だから王家に招集され、何度も家を破壊された。忘れたわけではないだろう?」



 ジャスパーの静かな声にジェマの身体が固くなる。そしてジェマはぎこちなく頷いた。頷く他、なかった。



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