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 ジェットが吐いた糸で作られていた【マカロン】はカーブを描いて倒れる木に向かっていくとゆっくりと木をカットする。ジェマは急いで【マカロン】の糸の先に付けたホールアラクネの糸で作った輪を引っ張って土壁から離そうとする。けれどジェマの力では減速させることもままならない。



「ジェマ!」



 ジャスパーが慌てて浮遊魔法を発動させようとしたとき、ジェマの手にゴツゴツした大きな手が重なった。



「貸して! 向こう側に引っ張る! 全員手伝え! ハナナは指揮を頼む!」


「了解!」


「シヴァリーさんが今持っている輪っか以外はダークアラクネの糸でできています。触れると切れるので注意してください!」



 シヴァリーの指示で騎士たちが大雨の中に駆け出していく。シヴァリーは先頭でジェマが持っていたところを引っ張って木を引き留める。



「せーの!」



 ハナナの合図で全員でシヴァリーを引っ張る。ダークアラクネの糸製の難点はこれだ。指先の輪以外には触れてはならない。【マカロン】本体も切られかねないため、闇属性魔法阻害用のシートを使用している。流石に自然界にはないこれは〈エメラルド商会〉で購入している。



「ジャスパー! 手伝ってあげて!」


「分かっている!」



 ジャスパーは浮遊魔法でサポートする。ジャスパーの魔法には絶対的な重量制限はない。けれど魔力量には左右される。先ほど土壁を作るときに魔力を消費したジャスパーにはあまり魔力が残っていなかった。


 ジェマは全員が木を引っ張り倒そうとしている隣で道具を詰め込んだ次元袋を漁る。その中に使えるものがある。それは分かっていたけれど、整理整頓が苦手なジェマの袋だ。ぐちゃぐちゃ過ぎて何がどこにあるか分からない。



「あった!」



 ジェマがどうにか見つけ出したのは【ぷかぷかん】という道具。スライムの体液に含まれる分解成分を水で薄めたスプレーだ。物質の密度を小さくすることで物質を巨大化、かつ浮かばせることができる道具。ジェマが空飛ぶ家を作りたくて発明したものだが、雲のように人が乗ることはできずにその実験は失敗に終わった。


 さらに【ぷかぷかん】は人体も分解するため外部に漏らすことはできない。とはいえ【ぷかぷかん】にも使い道はある。戦闘時、集団にかこまれたとしてもこれを敵に掛ければ敵が勝手に分解されて浮かび上がる。その頃にはグロテスクに死んでいるから後は逃げれば良い。ジェマは自分の護身用にそれを持っていた。


 スライムの分解に堪え得るガラス製の容器に入れなくてはならないこと、強酸性であるスライムを中性まで中和すること。その2点に気を付ければ誰でも作れるが、簡単そうで難しい。



「スライムの体液です! 下手すると装備や肉体、諸々成分分解されるので気を付けてください!」



 ジェマはそう言って駆け出すと騎士たちを庇うように立つ。そして木に向けて【ぷかぷかん】を発射する。スライムとの戦闘経験がある騎士たちはざわめいたけれど、即座に先頭に出てきたカポックが対スライム用の樹脂が塗布された盾を構えると全員気合いを入れ直してシヴァリーを支えた。


 ジェマはひと瓶丸ごと木に掛けた。けれど少し密度が大きくなっただけ。スライムの体液の成分が雨のせいでさらに薄められてしまっている。



「足りない!」


「ジェマ、これを使え!」



 ジャスパーは浮かぶのを止めて次元袋に着地すると、ジャスパーがもう1本予備で持っていた瓶を探し出してジェマに向かって飛ばす。ジャスパーは木を引く力と瓶を飛ばす力で魔力を使い過ぎで、浮かび上がることはもうできそうになかった。



「ありがとう!」



 ジェマはジャスパーを不安げに見たけれど、こちらを終わらせればジャスパーも休めるはずだと目の前のことに集中する。まずは【マジックペンダント】を翳す。



「風よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」



 大がかりな風の壁が木に降りかかる雨を遮る。そしてジェマはスプレー瓶のスプレー部分を外して木に思いきりぶっかけた。残っていた水分で少し薄まったけれど、少しずつ体積が大きくなって密度が小さくなる。



「軽くなってきた」



 ユウが言うと、騎士たちはそれを実感し始めた。騎士たちの方にも液体が少し飛んでしまったが、全てカポックが構えた盾が請け負ってくれた。


 木が空に浮かぶ。ジェマはシヴァリーの元に行くと【マカロン】を回収した。さらに少しずつ密度が小さくなっていく木が上昇を始める。雲と同じ高さまで浮き上がった木は、その内に爆ぜて消えた。



「ジェマ、あれって爆ぜて飛び散った破片に触れることで被害が拡大したりする?」



 シヴァリーが険しい顔で聞くと、ジェマは安心させるように微笑んで首を横に振った。



「【ぷかぷかん】のスライムの体液の分解成分は空気に合計3時間触れることで消滅します。この体液は使用時間が20分になるように調整していますし、かなり薄めてあります。なので空中に浮いてから地面に落下して人体に触れても害はありません。まあ、直接浴びるとこうなりますけど」



 ジェマが腕を見せると、うっすらと煙を上げて腕の皮膚が溶け始めていた。



「ちょ、え、病院! いや、これは神殿に行かないと……」


「病院は分かりますけど、なんで神殿なんですか? 神に祈って助けてもらうんですか?」



 ジェマがキョトンとするとシヴァリーは目を丸くした。



「知らないのか? 医者の手に負えない場合は神殿が持つ光属性魔法が付与された錬金魔石の魔石付与魔道具を使うワンドマスターに治してもらうんだ……って、そんな説明をしている場合じゃ!」


「焦らなくても大丈夫ですよ」



 ジェマは苦笑いを浮かべると腰に下げていたポーチから【回復ポーション】を取り出した。片手で栓を抜いてそれをグイッと飲み干す。するとみるみるうちに傷が元通りに戻った。



「ね?」


「ね? じゃないだろ!」



 シヴァリーはまるで化け物でも見たかのようにジェマを見つめていた。



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