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ジェマがぼーっとしている間に馬車が停まった。カポックとユウが先に飛び降りてジェマを支える。ジェマはその場所に降り立つと感嘆の声を漏らした。
「綺麗……」
「清流の洞窟だ。今日はここで野営をする」
シヴァリーの宣言に騎士たちは嬉しそうに荷物を降ろし始めた。
清流の洞窟。それは精霊に守られた聖域の1つだ。精霊の案内がなければ辿り着けないとも言われる神聖かつ特別な場所。
「ジェマ、こっちこっち」
シヴァリーはジェマを手招いた。そこにはさっきの水の精霊がふわふわと飛んでいた。ジャスパーとジェットも一緒に向かうと、ジェットを見た瞬間に精霊がピューッと逃げ出してしまった。
「ジェット、しばらく待っていてくれる?」
「ピピィ……」
すっかりしょげてしまったジェットはとぼとぼとハナナの方に向かう。ハナナが持っていた荷物の陰に隠れると、小さく丸まってしまった。
「あちゃあ」
「あとで美味しいものを持って行ってあげよう」
「そうですね」
ジェマが思わず声を漏らすと、シヴァリーは小さく笑いながら提案してくれた。ジェマは頷くと、そっと顔を覗かせた水の精霊に向き直った。
チリンチリン
「彼も我と同じくこの契約者と契約しているものだ」
チリンチリン
「確かに魔獣だが、ただの魔獣ではないということだ。さて、本題に入ろう」
ジャスパーが水の精霊と話すのをジェマはジッと真剣に聞く。ジェマは普通にしていると微かに言葉が聞えるだけで、聞き取りにくい。集中しなければ正確には聞き取れない。対するシヴァリーは普通にしていても正確に言葉を聞き取って、度々笑ったり相槌を打ったりしていた。
「私はここを守ってる。動物と、私たち精霊の憩いの場。だけど最近、このあたりには魔獣が出る」
「魔獣が?」
「そう。動物たちを襲って、この洞窟を荒そうとしている。とても困る。どうにかならないか」
機械のようにカタカタと話す水の精霊。ジェマはうーんと腕を組んだ。シヴァリーも腕を組んで天を仰ぐ。
「魔獣の数は?」
「1体。それだけ。だけど大きい。困る」
「どんな姿だ?」
「アイロブラホワ。だが違う。小汚い。魔力がある」
魔力の祖とも言われる精霊が魔力の流れを感知できないわけがない。ジェマとシヴァリーは顔を見合わせて頷いた。
「1体ということなら騎士団で対応しよう」
「アフターケアとして魔獣避けも作りますね」
「助かる」
水の精霊はハートを描くように飛ぶ。そして次に何か言おうとした瞬間、黙り込んだ。
「来る」
水の精霊はそう言うとゆらりと揺れた。そしてけたたましくチリンと鳴き始めた。警報音。洞窟の中に動物たちが大量に逃げ込んでくる。
「ジェマたちは残って。私は討伐に向かう」
「分かりました」
ジェマは返事をしてシヴァリーを見送る。けれどふと考え込み始めた。ジェマの肩の上に乗っていたジャスパーはふわりと飛び上る。
「ジェマ?」
「あぁ、水の精霊さんが小汚いアイロブラホワって言っていたから、きっとアイロブラウノだと思うの。だけどアイロブラウノがどうしてわざわざアイロブラホワの格好をしているのかが分からなくて」
「確かに。どうしてそんなことをしているのかも気になるが、どうやってそんなことをしているのかも気になるな」
ジャスパーが同意する。アイロブラウノはアーサス型の茶色い魔獣だ。対するアイロブラホワはアーサス型の白黒の動物。違いは色と魔石の有無だけ。ジェマはもじもじしていたけれど、洞窟の入り口をキッと睨みつけた。
「行くのか?」
「うん。だって気になるもん」
ジェマがそう言って走り出すとジャスパーは慌てて肩に飛び乗った。ジェマが洞窟から出ると、騎士団がアイロブラホワのようなアイロブラウノを囲い込んでいた。
「やっぱり」
アイロブラウノは怯えているようだった。普通魔獣は戦意を感じ取ると好戦的な一面を見せる。けれどあのアイロブラウノは違う。ただオロオロと、自らを囲む騎士たちを見ているだけだった。ジェマは思わず眉を顰める。
「ピッ!」
ジェマがどうするべきか悩んでいると、ジェットが鋭く鳴いた。ジェマの中にジェットのやりたい気持ちが伝わってくる。
「分かった。ジェット、くれぐれも気を付けて!」
「ピピッ!」
ジェマがジェットをアイロブラウノの方に向けて放り投げた。ジェットは勢いよくジェマの手から吹き飛ぶと、最高到達点から近くの木に向けて糸を吐く。そのままターザンの要領で木を飛び移ってアイロブラウノの元まで飛んでいった。
「ピッ!」
ジェットの姿に気が付いてシヴァリーが騎士たちに剣を降ろさせる。ジェマの方に視線を送ったけれど、ジェマが真っ直ぐアイロブラウノを見ていると諦めてアイロブラウノの動きに集中した。
「ピピッ」
「グワァ」
ジェットが呼ぶとアイロブラウノは力なく返事をした。魔獣同士は種族が違っても意思疎通ができる。この世界の謎の1つだ。
「ピピッ?」
「グワグワッ」
アイロブラウノは何かを訴えかけるように、人間が弁明するときのように両手を動かす。ジェットはその話を静かに聞くと、脚で丸を作ってジェマの方に戻ってきた。