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スクロファの解体を終えた一行は再びオレゴスに向けて出発した。昼食に干し肉のサンドイッチを食べながら移動する途中、ジェマは植物系の素材の採取に目を輝かせていた。
「あぁ、こっちの方が温かいからちょうど【コット草】が旬を迎えてる!」
「ジェマ、採り過ぎ注意だぞ」
「分かってる!」
ジェマが採取に励む間は騎士たちは訓練を行う。そしてジェマが戻るとまた出発して、また次にジェマが採取を始めるまで進み続ける。
「ジェマ、凄いね。よく馬車の上から素材を見つけられるね」
「いやぁ、どんなところに生えやすいかと生える季節を把握していれば大まかに検討は付きますから」
「それだけの知識があることが凄いんだよ」
シヴァリーはうんうんと頷きながら褒める。ハナナも微笑むと馬車の外を見た。
「私にはただの草にしか見えていないものが価値を見出されていく。それはとても素敵なことだと思いますよ」
「うんうん! 自分もそう思うよ。ジェマさんは凄い!」
ユウもニィッと笑ってジェマを褒める。ジェマはえへへ、と照れ笑いを浮かべるとハナナと同じように外を見た。
「今の私があるのは、父とジャスパーのおかげです」
「お父さんって、スレート・ファーニストさん、だよね? 自分でも知ってる有名人だよ」
「はい。国内トップクラスの道具師で、所有者固定魔道具師として名高かった、自慢の父です。数か月前に亡くなるまで、いえ、亡くなってからも私に知識を遺してくれています」
ジェマが遠くの岩山を見ながら微笑むと、シヴァリーたちは黙り込んだ。ジャスパーもジェマの肩の上で寄り添うように身を寄せる。ジェットもジェマを慰めるように頬を摺り寄せた。
「とても素敵なお父様だったのですね」
「はい」
ハナナの微笑みにジェマはニコッと笑う。ジェットはピョンピョンと飛び跳ねて遊び始めた。
「……そろそろ日が暮れるな」
「はい。野営地を探しましょう」
シヴァリーとハナナが地図を広げて頭を突き合わせる。ジェマは馬車の外に顔を出すと辺りを見回す。
「ジャスパー、水の匂いしない?」
「ああ、するな」
ジャスパーが言うと、近くをチリンチリンと音を鳴らしながら水の精霊が通りかかった。ジェマとジャスパーは顔を見合わせると、ジャスパーがジェマの肩からふわりと飛び上った。
「行ってくる」
「お願い」
ジャスパーが水の精霊と話していると、シヴァリーも馬車から顔を出した。そしてジッとジャスパーと水の精霊の方を見つめる。
「良い場所教えてくれるかな」
「だと良いですね」
精霊が見えない人には2人がジッと何もないところを見ているようにしか見えない。ハナナはいつものことだと微笑んだけれど、ユウは不思議そうに首を傾げた。
「副長、2人は何してるんですか?」
「ああ、精霊を見ているんだと思いますよ。稀にいるんです。精霊を見たり会話ができる人というのが」
「へぇ」
ユウは不思議そうな顔のまま再びシヴァリーとジェマを見た。
ジャスパーが水の精霊と話し終えると、水の精霊は馬車を先導するように前でくるくると踊り始めた。
「彼女が近くの水辺の洞窟に案内してくれる。シヴァリー、小隊を誘導してくれ」
「分かった。行ってくる」
走行中の馬車から飛び降りたシヴァリーは先頭を歩く騎士と話をする。話をした騎士が馬を降りると、シヴァリーはその馬にひらりと跨った。下馬した騎士はシヴァリーと入れ替わるように馬車に乗り込んだ。
「ふぅ」
兜を脱いだ男は汗で束になった髪を払うように頭を振った。色黒な肌、黒い瞳。ジェマはその美しさに息を飲んだ。
「先導お疲れ様です、カポック」
「カポック、水どうぞ」
「お疲れ様です、副長。ユウ、ありがとう」
カポックと呼ばれた男はユウから水を受け取ると一気に飲み干した。
「ぷはぁっ」
「良い飲みっぷりですね、カポック」
「それで今日の分は終わりだよ」
「あ……」
カポックはユウの言葉にガクッと項垂れた。けれどすぐに前を向くとジッと耳を澄ませた。
「大丈夫です。この馬車は水源に近づいています」
「流石の聴力ですね」
ハナナは微笑むと、あっと思いついた顔でジェマの方を振り向いた。
「カポック、ジェマさんに自己紹介をしてあげてください」
「分かりました」
カポックはハナナの言葉に素直に頷いてジェマに向き直る。ジャスパーとジェットが警戒するけれど、ジェマはのんびりと微笑んでいた。
「シェフエラ・エイトだ。愛称はカポック。そう呼ばれる方が嬉しい。平民出身だから礼儀は気にしなくて良いし、騎士としてもまだ2年目の新人だ。気は遣わなくて良い」
「カポックさん。ジェマです。こちらはジェット。よろしくお願いします」
ジェマがカポックにジェットを紹介すると、ジャスパーが寂し気にふんっと鼻を鳴らした。ジェットはそれに気が付いてジャスパーを慰めに向かう。
挨拶もそこそこにジェットが目の前からいなくなったことにカポックは驚いたが、すぐに気にしていない様子で頷いた。
「とても可愛いな」
「はい。ジェットは可愛いです」
ジェマがニコリと笑うとカポックは手慣れた様子でその頭を撫でた。大きなゴツゴツとした、筋肉質な手。ジェマはスレートの手を思い出してぼーっとしてしまった。