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茂みから飛び出してきたのは騎士たち。その青いマントにはフルール・ド・リスの紋章が描かれている。ジェマの肩から飛び上ったジャスパーの身体に力が入る。
「シヴァリーさん?」
「うん。正解。ジェマ、この旅、私たちが同行します」
兜を外したシヴァリーはそう言うとニコリと笑う。それに倣って後ろの騎士たちも兜を外す。ジャスパーは訝し気な顔をしていたけれど、シヴァリーが相手ならと身体の力を抜いた。
「同行、というと?」
「第2王子ヒュプノス・マジフォリア様により、有能な道具師ジェマ・ファーニストを生きて我が街に帰還させることが我ら第8小隊へ命じられました。ジェマ様の優秀さは国境を越えずとも各国のスパイや暗殺者に狙われる可能性があるため、警護の必要性があると判断されました」
ラルドからの問いに形式通りに答えたのは第8小隊副長。シヴァリーはジャスパーにウインクして合図した。ジャスパーは素直に頷くとジェマの肩の上に乗った。
「まあ、そういうわけで。採取にも協力するから、よろしくね」
「はい! 心強いです!」
ジェマはニコリと笑う。そして恭しく一礼してみせた。
「ジェマ・ファーニストです。この度はよろしくお願いします。作法は分からないので、ご容赦ください……こんな感じですか?」
そっとシヴァリーを見上げると、シヴァリーは大きく頷いた。
「ほんっと、可愛いなぁ。よし、行こう。馬車に乗って」
「はい」
ジェマは騎士団の馬車に乗り込んだ。周囲を他の10人の騎士が囲み、もう1台貨物用の馬車も用意されている。馬車の中にはシヴァリーと副長、もう1人の騎士が乗り込んだ。
「いってきます!」
ジェマが改めて見送りにきた面々に言うと、手を振って見送られる。
「シヴァリー! ジェマを頼む!」
ラルドの大声にシヴァリーが頷いたのを最後に、森の奥に進んでいく馬車からラルドたちの姿は見えなくなった。ジェマがボーッと店の方を見つめていると、シヴァリーが咳払いをした。
「ジェマ。改めて紹介するね。ここにいるのは、私が隊長を務めている第8小隊の面々だ」
シヴァリーに言われて、ジェマは全員の姿を見回そうとする。ジェマからは見えない人もいたけれど、少人数ながら規律正しい集団だ。
「俺も含めて16人の小さな部隊だ。後で全員紹介するとして、こいつは副長のハナナだ」
「初めまして。ハナナ・バイオレットです。気軽にハナナと呼んでください」
紫色の長髪が印象的な知的そうな人物。ジェマは高級品である【拡大眼鏡】を身に着けていることから相手が貴族だと理解した。【拡大眼鏡】の素材であるガラスは加工が難しく、ジェマも試作を後回しにしている。
「素敵な【拡大眼鏡】ですね」
「ああ、昔から書物を読んでばかりいたからか、目が悪くてね。少し高いけれどこれがないと生活ができないんだ」
苦笑いを浮かべたハナナはクイッと眼鏡を持ち上げる。フレームも綺麗に輝いている。鉱石の1種だろうか。ジェマは好奇心のままに近づいた。
「コホン。ジェマ、ストップだ」
シヴァリーが首根っこを掴んでそれを止めると、ジェマはぷらーんと軽々と持ち上げられた。だらんと腕を垂らしてあっさり捕まったジェマがシュンとすると、シヴァリーはそっと下ろした。
「全く。貴族相手の堅苦しい礼儀はいらないけど、人として必要な礼儀は気を付けような?」
「はい。ハナナさん、ごめんなさい」
「いえ。大丈夫です。謝ることができて偉いですよ」
朗らかに微笑んだハナナはジェマの頭を撫でる。シヴァリーより大人びた顔つきの青年。ジャスパーとジェットもハナナへは警戒をしない。ジェマはホッと息を吐いた。
「次はこいつだ。ユウ、挨拶を」
「はい! ユウ・フォルビアだ。一応貴族だけど、最下級の准男爵位だからあまり気にしないでくれ。年は15でこの小隊では最年少だ。1番年も近いし、何かあれば頼ってくれよ?」
ニカッと笑ったその表情にジェマは驚いた。騎士らしく凛々しい表情。けれど柔らかな物腰も欠かさない。言葉も荒っぽいようで優しさが滲んでいる。夕焼け色の髪を短く切り揃えた器用な騎士だ。
「ユウはこの小隊で唯一の女で、ユウのいう通り年も1番近い。何か私たちでは力不足な面はユウに頼ってね。女同士の話もあるだろうから」
「はい。ありがとうございます、よろしくお願いします」
「もちろんだよ。それにしても隊長、ジェマさんに対しては随分と優しいんですね?」
「俺はいつも優しいだろ」
ユウの揶揄いにシヴァリーは苦笑いを浮かべた。そして不意に厳しい顔つきになると馬車の窓から外を見やった。
「何か来る」
「ああ、魔獣の群れだな」
「ピピッ」
精霊の動きから魔獣の群れの接近を察知したシヴァリーと同時に、ジャスパーとジェットもその存在を認識して身体を固くする。
「停まれ! 魔獣の群れだ!」
シヴァリーのひと声で小隊が停まる。そして各々剣を抜いて魔獣の襲撃に備える。
「南の方角。数は7」
「南だ!」
シヴァリーはジャスパーの言葉を信じて馬車を飛び降りる。ジェマもジャスパーとジェットと共に馬車を飛び降りた。
「ジェマさん!」
「危ないから!」
ハナナとユウの制止を聞かずに飛び出したジェマは茂みから猪突猛進してくるスクロファの群れに目を輝かせた。