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旅立ちのとき


 シュレッドの1件から1週間。〈チェリッシュ〉はすっかり元の姿を取り戻した。もちろん商品はないけれど、外壁や内装は元通りだ。



「ジャスパー、ジェット、手伝ってくれてありがとう」


「当然だ」


「ピピッ!」



 ジャスパーの浮遊魔法とジェットの力強い糸に助けられて改装工事を終わらせたジェマは早速旅立ちの準備を始めた。【マジックペンダント】、【マジックリング】、【マジックステッキ】は全ての属性を備えて。スレートの所有者固定魔道具もジェット特製の袋、命名、次元袋に入れて全て持って行く。


 食材や調理道具はジャスパーがチョイスして、これも次元袋へ。ジェマは道具を作るための道具を次元袋いっぱいに詰めた。



「移動は徒歩になるけど、ジャスパーとジェットは私の肩に乗っていてね」


「荷物はどうするんだ?」


「うーん。担ぐ」


「いやいや、次元袋に入れたとはいえかなり大きいし重たいだろ」


「でもリアカーを持っては山を歩けないし」


「ピッ!」


「あ、寝袋忘れてた。ありがとう、ジェット」



 荷物はこれ以上減らせない。それどころか増える一方。次元袋があるとはいえ、ジェマが1人で運べる量には限界がある。



「うーん。どうしよう」


「分かった。調理器具はもう少し減らす。食材も調味料と非常食だけにして現地調達しよう」


「じゃあ私も道具をなるべく減らす」



 ジャスパーとジェマは悩みに悩んで荷物を半分以下に減らす。ジェットはそんな2人を旗を振りながら応援していた。ジェット印のお手製の旗だ。



「ジェット、これ可愛いね」


「ピピッ!」



 自慢げに胸を張ったジェット。それをジェマが背負った次元袋の上に差すと嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。ジェマはそれを掬い上げるように抱き上げると肩に乗せた。そして麦わら帽子を被ると顔をキリッと持ち上げた。ジャスパーも肩に乗れば準備万端。



「よし! 行くぞ!」



 ジェマは意気込んで外に出る。陽射しが眩しい。店の外には見送りに立つ人々。



「みなさん! 来てくれたんですか!」



 ジェマは嬉しそうに面々を見つめる。ラルド、エメド、ロースト、シュレッド、ドーラ、リアン。そして森の精霊たち。



「ジェマ、商品は任せとけ」



 店の在庫の全てを預かってくれるラルドが言うと、ジェマはコクリと頷いた。店を長期で空けるときに商品をそのままにしておけば窃盗の危険がある。そのために無事だった商品の販売と管理は旅の間〈エメラルド商会〉にお願いした。



「ラルドさん、エメドさんも、よろしくお願いします」


「ジェマちゃん。頑張ってね」


「はい」



 ジェマはエメドからの抱擁を嬉しそうに受け入れる。それからローストとシュレッドに向き直る。ローストは黙ってジェマの肩を叩く。シュレッドはジェマをギュッと抱き締めた。



「ジェマちゃん。ごめんね。彼に黙っていてくれてありがとう。頑張ってね」


「はい」



 内緒話にジェマも小さな声で返す。シュレッドは身体を離すとニコリと笑った。



「帰ってきたらうちのお店に食べに来てね」


「もちろんです」



 シュレッドから離れるとドーラやリアン、森の精霊たちに飛びつかれた。鈴のような音を鳴らして飛び回る精霊たちを見てジェマはケラケラと笑う。



「みんな、お見送りのダンスをありがとう。すっごく嬉しい」


「ジェマ、来たぞ」



 ジャスパーに声を掛けられて振り向くと、もう1人。ジェマの大切な家族がいた。



「スレイ」



 スレイはスレートの墓を守る番人である土人形のゴーレムだ。この旅立ちを機にジェマとジャスパーの土属性魔法で制作した魔石付与魔道具だ。名づけによってスレートの墓を守るという任務を認識したスレイは、毎日欠かさずお参りをしたり掃除をしたりしてくれる。


 ジェマは家族みんなでスレートの墓参りに向かう。花を手向けてみんなで手を合わせると、ジェマはニコリと笑ってみせた。



「お父さん。昔一緒に行った採取旅行。ジャスパーとジェットと一緒に行ってくるからね。ここはスレイがいるから、お父さんはゆっくり眠って」



 ジェマは丸い墓石を撫でる。そしてそこに【カタスギ7】を被せた。



「スレイ、お父さんのことお願いね」



 スレイは頷く。ジェマはスレイの頭を撫でるとジャスパーとジェットを肩に乗せて立ち上がった。


 ジェマはふと、その場にいないシヴァリーのことを思った。シヴァリーも見送りに来ると唯一豪語していたけれどここにはいない。王家に関わる急務があれば約束よりもそちらを優先するべき人。分かってはいたけれど少し寂しい気持ちになった。



「ジェマ、最初にどこに行くんだ?」



 ラルドが聞くと、ジェマは北の山を指差した。



「まずは鉱山街オレゴス。山を越えながら鉱石を取りに行ってきます」


「私とスレートの出身地だね。スレートの実家もそこにあるよ」


「お父さんの実家?」



 エメドさんが言うと、ジェマはジャスパーと顔を見合わせた。



「うん。彼の御両親も道具師でね。今も向こうでお店を開いているよ。縁を切っているからスレートが亡くなったことも伝えられていないんだ。もしもスレートの御両親に会ったら伝えてくれるかな?」



 エメドは寂しそうに言う。過去に何があったのか分からない。けれどジェマはスレートの両親、つまり自分の祖父母に会ってみたいと思えた。



「分かりました。行ってみます」


「そうか。〈タンジェリン〉というお店だからね」


「〈タンジェリン〉」



 ジェマは店の名前を口の中で呟いた。そして大きく頷くと顔を上げた。



「それじゃあ、行ってきます!」


「ちょーっと待ったぁ!」



 突如聞こえた大きな声とガチャガチャという金属音。全員の視線が森の奥に向けられた。



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