5
ジェマは店内に入ると頭を掻いた。店内はシュレッドの攻撃によって滅茶苦茶に荒らされている。商品は破壊され、棚もボロボロ。
「ジャスパー」
「どうした?」
「【スケールパイプ】が無事か確認してもらって良い?」
ジェマはジャスパーを呼ぶと、耳元で囁いた。国宝レベルのひと品だが生活必需品だ。下手に多くの人に知られるわけにはいかない。
「ジェット、床に落ちている商品の中で大丈夫そうなものはテーブルに乗せてくれる?」
「ピッ!」
ジェットは糸で吊り上げるようにして無事だった商品を、こちらも奇跡的に無事だった机に移動させる。ジェマは腕まくりをすると、割れてしまった瓶に触れようとした。
「ジェマ、それは俺たちがやるから。他のところを片付けてくれ」
ジェマの手をラルドが掴んで止めた。ラルドは反対の手でシヴァリーを捕まえると、割れた瓶の回収要員として確保した。
「うん。ジェマちゃんは扱いが難しい武具や道具の方をお願い。分かりました。あ、念のため」
ジェマは天井からぶら下がっていた紐を引っ張る。すると天井の隅からスルスルと紙袋が降りてきた。ジェマはその中からグレーの粉末を取り出して床にばら撒いた。
「これは、砂か」
「はい。主にバクハンやグラニットの粉末です。加工のときに出る粉を再利用しています」
「なるほどね」
〈エメラルド商会〉でも緊急時のために砂を常備しているからラルドは納得したけれど、シヴァリーは不思議そうに砂を見ている。ラルドは瓶の破片を片付け始める。
「砂には火を消す効果がある。特にバクハンには水分を吸い込むことができる穴がある。ここに薬品を染み込ませることでこれ以上薬品が混ざることを防ぐんだ」
「元々混ざったら危ない薬品は列を離して陳列することが基本なのでそこまで神経質になる必要はありませんけど、念のためです」
ラルドとジェマの説明に、シヴァリーはなるほどと納得した。職業を知らなければ分からないことも多い。シヴァリーは興味深そうに感心した。
ジェマは武具の方に移動する。1つ1つ拾い上げると、半分以上は壊れて使いものにならなくなっていた。ジェマが思わずため息を吐くと、シュレッドがそっと背後に立った。
「ジェマちゃん。ごめんなさい。保証金は暗殺者ギルドを通して支払うわ」
シュレッドは壊れた武具を拾い集めながら言う。ジェマの表情に不安が浮かんだ。
「シュレッドさん、暗殺者ギルドから制裁とか、無いですか?」
ジェマの問い掛けにシュレッドは眉尻を下げて笑った。
「どうかしら。分からない。でも、報告の義務はあるから」
覚悟を決めたその様子に、ジェマはそれ以上何かをいうことは躊躇われた。しばらく黙って片付けをしていたけれど、ジェマは不意に小さく苦笑した。
「もしも暗殺者ギルドで何か言われたら、武器の改良なんてしなくて良いですよね」
シュレッドはその言葉にクスクスと笑い出した。そのあどけない表情にジェマはホッとする。
「良いのよ。私が暗殺者じゃなくなっても、あの子は私の相棒だもの。獲物は常に最上の状態にしておくこと。私が師匠である育ての親から教わったことよ」
悪戯っぽく微笑んだシュレッドは手を動かしながらもどこか遠くを見るような目をした。シュレッドの話したそうな雰囲気を感じて、ジェマは静かにシュレッドが話し始めるのを待った。
「私ね、生まれてすぐに捨てられたの。そこを拾ってくれたのが、師匠だったわ。私は師匠に暗殺術を叩き込まれた。私に気配をコントロールする才能があることが分かったときには師匠も大喜びしてくれたわ」
シュレッドは懐かしむように目を細める。そして手は休めずに話を続ける。
「学園にも通わせてもらって、10歳になってすぐに暗殺者になった。その反面、学園では経営や経済、歴史、他にもたくさんのことを学んだわ。全て暗殺のための潜入に必要だからね」
シュレッドは手のひらをジッと見つめて微笑む。その表情は自分の積み上げた全てのスキルを誇らしく思っているようだった。
「仕事の合間に城の近くのお店でフロアスタッフのアルバイトをしていたの。そのときローストと出会ったの。ローストは新米の料理人で。でもその一生懸命さが素敵だと思った。彼は父親のような料理人になると言って必死だった。それが私には眩しく見えた。私はなんのために暗殺をしているのか、分からなかったから」
シュレッドは寂し気に微笑む。手が止まって、ぼんやりと手にした半分に割れた【マカロン】を見つめた。
「私は考えた。何のために暗殺をするのか。師匠のため、生きるため。それくらいしか浮かばなかったとき、ローストに告白されたわ。迷ったけれど、師匠から進められて結婚まで進んだ。家庭を持っていると暗殺者として動きにくくなる分、怪しまれなくなるから。それからすぐに、妊娠したわ」
シュレッドはそう言って微笑んだ。けれどジェマは唇を噛んで顔を上げることができなかった。シュレッドとローストには、子どもがいない。