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 休日だからと甲冑もマントも脱いでいるシヴァリー。けれどその手にはシヴァリーのものではない剣が握られている。


 シヴァリーの後ろでは、ジャスパーからシヴァリーを呼んでくるようにと頼まれた風の精霊以外にもたくさんの精霊たちがふわふわと飛んでいる。精霊が見える人間は珍しく、丁重に扱う人もまた珍しい。精霊にとってシヴァリーは愛すべき相手だった。



「ジェマ! 無事?」



 シヴァリーは顔をジェマに向けながら大きく深呼吸をした。それだけで呼吸を整えると、ジェマの身体を上から下まで確認して怪我がないことに安堵した。それからジャスパーとジェットの無事も確認すると、氷の塊に目を向けた。


 ジッと目を凝らして、剣を抜く。氷の塊にジリジリと近づいて、中の人物の姿を認識すると眉を持ち上げて目を見開いた。



「シュレッドさん! どうして……」



 シヴァリーはだらりと腕を降ろして呆然とする。



「精霊さんからは敵襲だと。どうして氷漬けに?」



 眉間に皺を寄せて困惑した顔のまま、シヴァリーはジェマを振り返る。ジェマはキュッと唇を噛んで拳をギュッと握った。



「私たちを襲ったのはシュレッドさんです。命の危険があったので、反撃しました」


「反撃って、シュレッドさんほどの暗殺者が戦闘不能になるなんてこと。あ」



 シヴァリーはぶつぶつと呟いて、この事件の現況に思い至った。



「もしかして、ジェマさんは暗殺者の気配が分かるの?」


「はい」


「そうか」



 シヴァリーは眉を下げてシュレッドの方を見た。そしてジェマに向き直ると剣を鞘に仕舞ってバッと頭を下げた。腰から綺麗に折れた一礼。ジェマは意味が分からなくてオロオロするしかなかった。



「昨日私がシュレッドさんに殺気を出させるような真似をしたせいだよな。申し訳なかった」


「いえ、その」


「ああ、その通りだな」


「ピッ!」



 ジェマは言い淀んだけれど、ジャスパーは厳しくシヴァリーを見下ろした。ジェットもジェマの肩の上で抗議するように2本の脚を持ち上げて威嚇する。


 ジャスパーとジェットに睨まれたシヴァリーがグッと拳を握りしめて俯く。ジェマが口を開けたり開いたりと言葉に迷っていると、突然周囲にガタガタと馬車が揺れる音が響いて精霊たちが森の奥に散って行った。



「ヒヒーン」


「ジェマ! シヴァリー!」



 馬のいななきと共に現れたラルド。馬車から飛び降りるとジェマの元に一目散に駆け出した。



「怪我は」


「えっと、ありません」


「そうか」



 ジェマの肩に手を置いてホッと息を吐いたラルドは、くるりと身体の向きを変えてシヴァリーの方に近づいた。



「シヴァリーは? 無事か? 足は怪我してないか?」


「え、ああ」



 顔を上げたシヴァリーはラルドと目が合うと気まずそうに眉尻を下げて視線を逸らす。ラルドは眉間に皺を寄せたけれど、それについては何も言わずにシヴァリーの肩を強く叩いた。そして息を胸いっぱいに吸い込む。



「最高速度で走っている馬車から飛び降りる馬鹿がどこにいる! 馬車より走った方が速いならそう言え! 言ってもらえれば馬を止める!」



 腕を組んで大きな声を出すラルドにシヴァリーはポカンとして顔を上げた。ラルドはシヴァリーと目が合うとフイッとそっぽを向いた。



「なんだ」


「いや、こんな私の心配までしてくれるのかと」


「どんなお前かは知らない。俺は俺が知っているお前が嫌いじゃないだけだ」



 ラルドの耳は赤い。シヴァリーはどこか安心したように情けなく笑うと肩の力が抜けた。



「シヴァリーさん。私もシヴァリーさんのこと好きですよ。こうして駆けつけてくださって、ありがとうございます」



 ジェマがニコリと笑いかけると、シヴァリーはもう我慢できずにほろりと涙を零した。



「ごめん」



 俯いて肩を震わせるシヴァリー。ジェマはその背中をそっと擦った。怒っていたジャスパーとジェットも、シヴァリーの両肩にそれぞれ飛び乗って頭を撫でた。ジャスパーの顔はムスッとしているけれど、蹄の触れ方はこの上なく優しかった。



「それで、あれはなんだ?」



 ようやくシュレッドの氷塊に気が付いたラルドが聞くと、シヴァリーの眉が八の字になった。ジェマが状況を説明しようと口を開きかけたとき、ラルドの目がキラリと光った。



「魔法の基本属性に氷はない。ということはあの氷塊を作り出したのはジェマが契約している精霊の魔法でも、魔石でもない。錬金魔石なら可能性がないわけではないが、氷を生成する能力を持つ魔獣の素材を使った道具と考えるのが妥当だ」



 ジェマに振り向いたラルドはすっかり商人の顔をしている。氷と道具にばかり意識が向いている。


 魔獣の体内で行われる物質の生成は魔法とはまた違う構築回路の中で行われている。その機能を失わせないように解体、整備、保存することは商人と道具師の必須スキルだ。そしてその能力をどう活かすのか、それは道具師のアイデア力と技術力にかかっている。



「これはフローズンアラクネの糸を使用した【マカロン】によるものです」


「【マカロン】にフローズンアラクネの糸を?」



 すっかりジェマの興味がそちらに向いたとき、氷塊にピキピキと音が鳴りながらヒビが入った。その音にラルドが飛び退くとジェマは再度【マカロン】を構え、ジャスパーは魔法の準備、ジェットも口を氷塊に向けた。シヴァリーは震える手で申し訳程度に剣を握った。



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