フロアスタッフシュレッド
ジェマとジャスパーはそっと穴を覗き込む。その底には氷の塊。ジェマとジャスパーがホッと息を息を吐いた瞬間、辺りの空気がゆらりと揺れた。
ジェマとジャスパーはハッとしてその場を飛び退く。その瞬間、ジェマがいたところにホール業務のときに使うトレーが突き刺さっていた。トレーが半分土に埋まっているところを見るだけで重さについては想像がつく。
「シュレッドさん、それ武具だったんですね」
「ええ。常に持ち歩くわけには行かないけど、私にはよく合った武器でしょ?」
ニコリと笑ったシュレッドは床からトレーを抜き取った。ジェマはそれをジッと観察していた。
「ジェマちゃんもジェットさんも精霊さんも。私が暗殺者だって知ってしまったのだから。死ぬ以外に道があると思わないことね」
シュレッドがもう1度トレーを構えたとき、ジャスパーも蹄をシュレッドに向けて構えた。けれどジェマは動かない。
「死になさい」
シュレッドがトレーを放つ。その瞬間、ジェマはシュレッドに向かって駆け出した。
「ジェマ!」
「飛んで!」
ジャスパーはジェマの言葉の通り急上昇する。集中が切れたせいでジャスパーは魔法の発動ができない。ジェマが立っていた場所にトレーが刺さる。武器がなくなったシュレッドもジェマに向かって走り出す。
「死になさい」
笑顔のシュレッドを前に、ジェマは手から伸びていた糸を手繰り寄せた。瞬間的にジェマの手元に【マカロン】が戻ってくる。シュレッドはそれに気が付いた瞬間に距離を取ろうと後退を始めた。
「アースウォール!」
ジャスパーが咄嗟に放った魔法。シュレッドは突如背後に現れた土壁を避けようとしたが間に合わず、土壁に激突した。その衝撃で土壁にヒビが入る。シュレッドはそれを見逃さない。ヒビを殴りつけて土壁を破壊した。
シュレッドは駆け出す。けれどその身体の周りをジェマが放った【マカロン】が回転する。フローズンアラクネの糸がシュレッドの身体をきつく巻きつける。
「チッ」
舌を打ったシュレッドがその糸を引きちぎろうと藻掻く。けれどその動きを感知した糸から冷気が漏れ出す。瞬く間にシュレッドは氷漬けになった。
「や、やったのか?」
「た、多分」
ジャスパーがジェマの肩にふよふよと降り立つと、ジェマはかくんと膝の力が抜けてその場に崩れ落ちた。
「どうしようか」
「あ、良いところに」
ジャスパーは辺りを見回して、ちょうど傍を通りかかった精霊に蹄を上げた。精霊はスイ―ッと寄って来る。明確な姿を持たない、白い光の球のようなフォルムの一般的な精霊だ。
「こんにちは」
ジェマが挨拶をすると、精霊は楽し気に激しく揺れた。
「風の精霊だ。なあ、街の〈エメラルド商会〉というところにいるシヴァリーという騎士を呼んできてくれないか?」
ジャスパーが頼むと、精霊は弾むように揺れた。そしてピョンッと空高く飛び上がると女王の別荘に向かって飛び立った。
「シヴァリーにお願いするの?」
「ああ。何かあれば頼るように言ってくれていたからな」
ジャスパーはふんっと鼻を鳴らす。少し恥ずかしそうに耳をぴょこぴょこと動かすジャスパーに、ジェマは小さく笑った。
それからシュレッドに視線を向ける。今度はしっかりと氷漬けになっていることが確認できている。ジェマがその中でシュレッドがどうにか脱出しようと動いているのを見て身体を緊張させた。その瞬間、ジェマの影からピョンッとジェットが飛び出してきた。
「ピッ!」
「え、ジェット?」
ジェマが驚きながらも手を差し出して抱き留めると、ジェットはジェマの手に身体を擦り付けた。その様子を見ていたジャスパーは、なるほどとため息を零した。
「闇属性魔法の1つ、シャドーウォークだ」
「シャドーウォーク?」
「影の中を移動する魔法だ。好きな場所から影に潜って、好きな場所から飛び出してくることができる」
「へぇ、凄いね!」
ジェマは手の中のジェットを撫で回す。その姿をジャスパーは何とも言えない表情で見つめていた。ジェマにも使うことができる可能性のある魔法。それなりに魔力量が必要だと言われているが、膨大な魔力を持つ魔獣であればそれを操ることは造作でもない。ましてやジェマはそれ以上の魔力を待つ。
「末恐ろしいな」
ジャスパーは苦笑いを浮かべながら遠くを見つめた。森の中には危険が潜んでいる。けれどそんな森でジェマは10年生きてきた。守られていたとはいえ、誰でもできることではない。
「我も守られてばかりだな」
ジャスパーは小さくため息を零すと、自分の蹄を見つめた。集中力を高めなければ戦闘に十分な魔法を発動させることはできない。何種類も、何回も魔法が使えるだけで良かった今までとは違う。ジェマといると、才能の差を突きつけられる。
「魔法の祖とも言われた精霊が人間に遅れを取るかもなんて。とんでもない主だな」
ジャスパーがジェットと戯れるジェマに視線を向けたとき、森がガサガサと揺れた。そして木々の間から、息を切らしたシヴァリーが飛び出してきた。