13
ジェマは2度手間に顔を歪めながらも火属性魔法と風属性魔法の魔石と錬金魔石をそれぞれ分別しながら選んだ。そしてそれが終わるとさっき集めた形が面白い方の魔石と錬金魔石を箱にジャラジャラとひっくり返した。
「よーし」
ジェマは気合を入れ直すと、まずは作業台の上にクッションを置く。その上に火属性魔法の魔石と錬金魔石をジャンバラジャンバラと雑に広げた。それからハンマーを取り出すと、それを片手でギュッと握り締める。ジェマは不敵な笑みを浮かべてハンマーを振り下ろした。
カッゴッメキッぽすっ
不穏な音が混ざり合ったそれはやっぱり不穏な音。ジェマはそれを満面の笑みで砕いていく。
音に驚いてそーっと様子を覗きにきたジャスパーは、作業の様子になるほどと頷いた。そしてジェマの表情を見るとまるで化け物でも見たかのように、綺麗な水平移動で作業場から離れた。
ジャスパーは店でジェットに店のルールを叩き込みながら掃除をして回る。そして太陽がてっぺんに昇るころ、昼食のサンドイッチを作った。まだまだ不穏な音が響く作業場。1度昼休憩でジェマが作業場を出てくればその音が止んだ。
「ジャスパー、お昼ありがとう」
「ああ。きちんと休憩は取るんだぞ?」
「分かった」
そんな会話をしながらジャスパーの部屋でサンドイッチを手渡す。そしてジェマが作業場に引きこもってから10分。再び不穏な音が店に響き始めた。
「まったく。店にまで聞こえているというのに」
「ピピィ」
人間より耳が良いジャスパーとジェットはやれやれと呆れた様子で作業場の方を見る。
一方約束を守れていないことがバレていないと思っているジェマは思いきりハンマーを振り下ろす。ようやく火属性魔法の魔石と錬金魔石が粉々になると、それを再びバケツに戻す。そして今度は風属性魔法の魔石と錬金魔石をクッションの上に広げた。
カッゴッメキッぽすっ
一瞬止んだ不穏な音が再開される。店で陳列棚を整理しながらその音を聞いていたジャスパーが苦笑いを浮かべたとき、カランカランとベルの音が鳴った。ジャスパーは振り向きざまに悪寒を感じて咄嗟にジェットの元に飛んだ。ジェットも歯を剥き出しにしてその相手を威嚇する。
「あらあら、魔獣さん。そんなに威嚇しないでちょうだい。ごめんね、殺気が漏れていたかしら」
突然現れた殺気の正体はシュレッド。殺気が止むとジェットは威嚇を止めたが、ジャスパーは警戒を続けていた。
「ジェットちゃん、ありがとう」
ニコニコと笑ってシュレッドが手を伸ばす。ジェットはそれを受け入れるように頭を少し下げた。けれどシュレッドがジェットに触れそうになった瞬間。ジャスパーとジェットはとんでもない殺気に当てられた。
ジェットが飛び退こうとしたけれど間に合わない。ジャスパーは浮遊魔法でジェットを後方に吹き飛ばした。咄嗟のことで威力を調整できずにジェットは店の裏に繋がるカーテンを超えて放り出された。
「ジェット!」
ジャスパーが慌てて飛んでいくと、ジェットは目を回していたが怪我はなかった。ジャスパーはホッと息を吐くと、すぐに気を張り詰めさせる。
「ジェット、起きろ」
どうにかジェットを揺すり起こす。その間にもシュレッドの足音が近づいてくる。ジャスパーは咄嗟にカーテンに蹄を向けた。
「アースウォール!」
瞬時に集めることができた魔力だけで作られた壁。高位の冒険者や暗殺者であれば一撃で破壊できる。そんなことはジャスパーもよく分かっていた。ジャスパーはジェットの身体を掴むと自分ごと浮遊魔法で作業場まで飛んでいく。
いつもの注意なんて聞いていられない。ジェマを守るためにジャスパーが今しなければいけないことをする。ジャスパーは悔しさを喉の奥に押し殺した。
「ジェマ!」
叫びながら飛び込んできたジャスパーに、騒音を立てていたジェマも流石に気が付いた。肩を跳ねさせて振り向いたジェマは、直感で【マジックステッキ】を手に取った。
「どうしたの? って、ジェット!」
「ジェットは気を失っているだけだ。事情は後で話す。シュレッドさんが来たんだ。殺気駄々洩れで」
ジェットに意識が向いてしまったジェマは、ジャスパーの言葉に身体の芯が凍り付くような感覚を覚えた。
「ジャスパー」
ジェマはふうっと息を吐くと凛々しい表情で手近にあった青い【マカロン】を手にした。
「行くよ」
ジェマはタッと駆けだした。そして作業場のドア横の壁に背を付ける。ジャスパーはジェマの肩に飛び乗って耳を澄ませる。その耳がピクリと反応した。
「来る」
ジャスパーが言った瞬間、作業場のドアが吹き飛んだ。暗殺者らしからぬ手口。ジェマは飛び退こうとした足を止めた。そして作業場のもう1つの出入り口、炉がある方のドアのほうに向かって【マカロン】を放り投げた。
糸がシュルシュルと伸びていく。その瞬間にそちら側のドアが静かに開けられた。ジェマは【マジックステッキ】を構える。ジャスパーも蹄に魔力を集中させた。
糸が何かに絡まる。その瞬間、温度の変化を感知したフローズンアラクネの糸から冷気が溢れ出して捕らえた侵入者を氷漬けにした。
「アースホール!」
「水よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
侵入者は大穴に落とされ、さらに上から滝のような水を頭から掛けられた。その水はフローズンアラクネの糸の効果で氷漬けになる。
「へっ」
くしゃみをする寸前。息を吸い込む音だけが聞えて、辺りはシンと静まり返った。