11
あまりにもふかふかした布団の感触を楽しんだジェマは、ボーッと天井を見上げた。
「びっくりしたといえばさ」
「ああ」
「シュレッドさん」
「ああ」
「ピィ」
ジャスパーとジェットは頷いた。ジェマはあのとき感じたオーラ。それはダンピールのブライアが纏っていたオーラと同じものだった。
「臭いはしなかったけど、あのオーラはさ」
「殺気だな」
「ピピッ」
「ラルドは気が付いていなかったようだし、ほんの少しの殺気だったということだろうが」
ジャスパーの見解にジェマは頷く。しかしどれ程の殺気だったかは大した問題ではない。シュレッドが暗殺者であるという事実が分かってしまったこと。それが問題だった。
「暗殺者って、口外しなければ殺されることはないんだよね?」
「ああ。逆に、あの人そうかも、なんて口を滑らせたら最後殺される。気を付けろよ」
ジャスパーの警告に頷いたジェマは、ふと布団を撫でる手を止めた。
「今話しちゃったのは、大丈夫?」
ジェマの言葉に部屋の中がシーンとなった。ジェマが恐る恐る身体を起こしてキョロキョロと辺りを見回すと、ジャスパーとジェットは顔を見合わせる。そして二手に分かれてバタバタと周辺に異常がないか確認して回った。
「大丈夫だ。気配はない」
「ピィ」
「そっか。良かったぁ」
ジェマはまたぼふっと布団に身体を預けた。無防備極まりない姿に、ジャスパーとジェットは肩を竦めた。けれどそのまま眠ってしまいそうなジェマの様子に肩を揺すった。
「ジェマ、起きて。お風呂入るんだろ?」
「んー、そうだった」
ジェマはのっそりと身体を起こすとふわっと欠伸をした。そして目を擦っていると、ドアがノックされた。
「はぁい」
「お風呂音準備が整いました」
「は、はい! ありがとうございます」
ジェマは驚きながら辺りをキョロキョロと見回す。
「服どうしようか」
「お洋服はこちらでご用意しております」
「おわっ! え、えと、あ、ありがとうございます」
小さな呟きをも拾い上げたリュカにジェマはゾッとした。恐怖を力に変えて急いで部屋を出ると、リュカは一礼した。
「ご案内いたします」
「ありがとうございます」
先を歩くリュカにジェマは付いて行く。ジェマの背中に張り付いて隠れたジェットはリュカの様子をこっそり伺う。ジャスパーも念のため天井近くをふよふよと飛んで移動する。
「こちらでございます」
案内されたのはとんでもない大浴場。ジェマの家にある1人用のものではなくて、旅館にあるような大きく広々としたものだった。
「す、すごい」
「お着替えはこちらをお使いください。お背中をお流しいたしますか?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
「では失礼いたします」
リュカがいなくなると、ジェマは音を立てずに大きく息を吐いた。そして着ていた服をサッと脱いで脱衣所を出る。
「ジャスパーとジェットも身体洗っちゃおうか」
「ああ」
「ピピッ!」
家でも一緒に入ることはできるけれど、こういう機会でもないとわざわざ一緒に入ろうとは思わない。ジェマは珍しいひと時を楽しもうという心積もりで家族水入らずの時間を楽しんだ。
身体を洗ってゆっくりと湯船に浸かる。ジャスパーとジェットは桶にお湯を組んでそこに浸かった。
「はぁ」
「あぁ」
「ピィ、ピィ」
それぞれがまったりとした声を漏らす。ジャスパーとジェマは1匹で入ってもまだ広さのある桶の中でだらりと足を伸ばす。ジェマも折角の機会だからと身体をグイッと伸ばしてみる。それでも余りある湯船の広さにほうっと声を漏らした。
「こんなに広いんだ」
「凄いな」
「ね」
ジェマはスイッと手で水を掻きながら移動して、お湯が吹き出すライオンの口のもとへ向かった。
「なるほど、うちと同じ水属性魔法と火属性魔法が付与された魔石を使っているんだ。サイズは全然比べ物にならないけど。これなら魔石が壊れるまではお湯を沸かし続けることができるからね。メンテナンスを怠らなければ2年から3年は正常に稼働する。
「2年から3年だと、魔石の寿命よりずっと短いな」
「大きな魔石を使っているとはいえ、この量のお湯を沸かし続けるには小さいんだよ。もっと水の出力を下げれば火の出力を下げることができる。お湯を張るスピードは遅くなるけど、そっちの方がずっと物持ちは良いよ」
「とはいえ、早さを重視したいのが今の人間たちだからな」
「ピピィ」
ジャスパーは店に来る客たちのことを思い出した。スレートが店主だったころにも、スレートの丁寧な接客よりも素早い接客を求める人がいた。スレートは割り切っていたかた早くしたいなら早い店に行けば良いと言った。
けれどジェマのように割り切れない人も世の中にはたくさんいる。非効率だと分かっていてもマニュアル通りにやらなければという強迫観念に押しつぶされそうになってしまう。道具師としてはまだまだ新米。知識があっても経験でカバーできないところが多い。
「私も素早い対応ができるようにならないとな」
「どうするつもりだ?」
ジャスパーが聞くと、ジェマは吹き出し口に埋め込まれた魔石にちょんっと触れた。
「これ、作ろうかな」
予想通りの言葉にジャスパーは苦笑いを浮かべた。そしてぴょんっとジェマの肩の上に飛び乗ると、こつんと頭をぶつけた。
「接客のコツは我も教えよう」
「ありがとう、ジャスパー」
ジャスパーは照れ臭そうに笑うと、ふんっと鼻を鳴らした。