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料理人ロースト


 ジェマが作業場で鍛冶仕事をしていると、ドアがそっと開いてジャスパーが顔を覗かせた。



「ジェマ、お客さんだ」


「分かった。今行く」



 ジェマは火花対策のフェイスシールドと小槌を置いて手袋とエプロンを取った。バサバサと前髪を整えながら店に顔を出すと、料理人のロースト・クックがいた。コック服を脱いだスラックスにタンクトップ姿の筋肉隆々な大男。さらに人柄を知らない人はローストの姿を遠目に見ただけでも逃げ去ってしまうほど鋭い目つきをしていた。


 ローストはジェマとジャスパーが暮らしている家から最も近い食堂である〈ロースト食堂〉の店主だった。スレートの代からのお得意さんで、現状〈チェリッシュ〉は〈エメラルド商会〉とローストの買い物でほとんどの収入を得ていた。



「いらっしゃいませ。本日は何をお探しですか?」


「キッチンバサミの切れ味が悪くなっちまってな。買い換えたいんだ」



 ローストが鞄から取り出した愛用のキッチンバサミは、刃がすっかり細くなってしまっていた。噛み合わせもスカスカで、これでは使い物になるはずがない。



「だいぶ研いで使っていたからこんなに細くなっちまった」


「これ以上は無理ですね。これと同じ形でしたら、こちらがよろしいかと」



 スレートは利用者の使い心地の維持のため、気に入ってもらえたものは同じ型を作って常備するようにしていた。スレートの死後、スレートが作ったものたちが次々に売れていった後はジェマがその考えを受け継いでいた。



「凄いな。スレートが作ったものと変わらねえ見た目だ」


「もしも切れ味に問題があったら教えてください。無料で打ち直します」


「ああ。ありがとな」



 250マロ、銅貨250枚を支払ったローストは、すぐに店を出ようとしたがふと足を止めた。その視線の先には各種取り揃えたピーラーたち。ローストはその内の1つを手に取って訝し気な顔で観察し始めた。


 1mm幅の刃が無数に並ぶピアノの鍵盤のようなピーラー。その刃は押せば簡単に凹む設計ようにされている。そのままでは皮を剥きたい野菜に押し負けて全く使い物にはならない。



「ジェマちゃん、これはなんだい?」


「【カーブフィットピーラー】です。例えばカロタ(ニンジン)にそのピーラーを合わせると、カーブに沿って刃が曲がるんです。そして持ち手の緑のボタンを押すと、大きく動く鍵盤のような部分がロックされます」


「でも、カロタは先に向かうにつれて細くなるだろう?」


「その点は青いボタンを使います。青いボタンは押し込み具合でロックの強度を調節できるので、より形状にフィットさせることができるんです」


「なるほどな」



 半信半疑のロースト。見かねたジャスパーは、裏の畑からカロタを引き抜いてくると、カウンター下の棚にコトリと置いた。因みにカロタは生で食べても調理をしても美味しいオレンジ色の根菜だ。



「ちょうどカロタがあるので実践してみましょう」



 ジェマはそう言うと、ピーラーを器用に操ってカロタの皮を剥いていく。



「なるほど。形状にフィットすることで往復の回数も減らせるのか」


「はい。これはカロタのようなカーブした野菜にはうってつけのピーラーです」



 ジェマが堂々と胸を張ると、ローストは腕を組んで考え込んだ。遠目にジッとピーラーを観察して、それから顔をグイッと近づけてまじまじと凝視する。それからピーラーを手に取ると、手を顎に当てて考え込んだ。



「試しに買ってみようか」


「良いんですか?」


「ああ。本当に時間の短縮になれば儲け物だ。それに、かなり手頃な価格だからな」



 ニッと笑ったローストは、30マロ、銅貨30枚を財布から取り出した。食堂の1番手頃な塩パスタが30マロ。他の調理器具と比べれば安価でも、そう易々と払ってしまえる額ではない。



「時間が短縮できれば、その分下準備が早く終わって早く身体を休めることができる。営業中ならば、客により早く料理を提供できる。その結果店の回転が速くなればより多くの客を迎え入れられる。それは結果的に利益に繋がるんだ」



 銅貨を受け取ったジェマは、呆けた顔でローストを見つめた。効率良く利益を上げる。その視点はまだジェマにはなかった。早いから良いわけでも遅いから良いわけでもない。けれど目指している形により早く到達することで生まれるものがある。



「ジェマちゃんも、丁寧な仕事をしてんのは道具を見れば分かる。でもな、身体を大事にするんだぞ? ジェマちゃんに何かあったら、スレートが泣いちまうからな」



 ローストは目尻を下げて、ジェマの頭をそっと撫でた。ゴツゴツとした大きな手。スレートのような細くて繊細な手ではないが、大人の男の頼もしい手だ。



「まあ、たまにはまた店に来い。うちの嫁さんもジェマちゃんに会いたがってるからな」


「はい、ありがとうございます」



 ジェマが笑みを浮かべると、ローストは満足気に微笑んだ。そして買ったものを袋に入れると店に帰っていった。



「契約者とも仲が良かったオヤジだよな?」



 ジャスパーはジェマの周りを前足を組んだままふよふよと飛ぶ。



「オヤジって。ローストさんはお父さんとあんまり年は変わらないよ。よくお父さんとローストさんのお店に行ったな」


「もう少し収入が入ったら行こうぜ。俺も行ってみたい」



 腕を組んだままのジャスパーは緊張の滲んだ顔で言う。森以外には外出したがらなかったジャスパーは、〈ロースト食堂〉にも行ったことがなかった。ジェマは自ら行きたいと言ったジャスパーを目を見開いて見つめたけれど、すぐに微笑んで頷いた。



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