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【伸縮財布】合計20個、その他宝飾品と家具の取引が〈エメラルド商会〉と成立した。その夜、ジェマとジャスパー、ジェット、シヴァリーはファスフォリアまで〈エメラルド商会〉の馬車に乗ってやってきた。
ラルドと共に商会に仕入れた品を運ぶと、3人と2匹は歩いて、もしくは肩に乗って食事に向かった。
「外食なんて久しぶりです」
「そうか。俺は父にジェマを食事に連れ出すように言われただけだが、まあ、良かった」
ラルドが頬を赤く染めながら答えると、後ろを歩いていたシヴァリーがおずおずと小さく手を挙げた。
「なあ、私も一緒に行って良いのか?」
「行きたくないなら良いが」
「いや、行きたいけど」
「じゃあ良いだろ」
ラルドは一切振り向かずに答える。その耳の赤さに、シヴァリーはついニヤニヤと笑ってしまった。
「なんだよ」
「いや、別に」
ラルドのつんけんした態度にはジェマもシヴァリーと顔を見合わせて笑ってしまった。ラルドは苦々しい顔をしていたが、お目当ての店を見つけると軽く咳払いをした。
「ほら、ここだ」
「あっ!」
ラルドが示した店の看板を見て、ジェマは思わず声を漏らした。〈ロースト食堂〉と書かれた木製の焙られた看板。昔スレートに手を引かれてやってきたときの記憶のままの姿だった。
「懐かしい」
「やっぱり、来たことがあるのか」
ラルドはそう言いながら店のドアを開けた。カランカランとベルが鳴って、店内の明かりが漏れる。
「らっしゃい」
「いらっしゃいませ」
「3人と精霊1匹、魔獣1匹お願いします」
店主のローストとその妻のシュレッドが出迎えた。ホール担当のシュレッドは、客の中にジェマを見つけた瞬間、パッと表情を輝かせて駆け寄った。
そして黒のワンピースの裾を踏んでつんのめった。
「きゃっ!」
「はわわっ!」
「おっと」
シュレッドが倒れ込んだ先、ジェマはシュレッドを支えきれずに後ろにひっくり返った。けれどそれを後ろに立っていたシヴァリーが受け止めた。2人を支えてもなお真っ直ぐ立っているシヴァリーを、ラルドは拗ねた様子で睨んだ。
「大丈夫ですか」
けれどすぐに手を貸して、シュレッドのことを引っぱり起こす。シュレッドが立つと、シヴァリーがジェマを支えて立たせた。
「ジェマちゃん、シヴァリーくん、怪我はない?」
「私は大丈夫です」
「私も。シュレッドさんは大丈夫ですか?」
「ええ。この通り!」
シヴァリーに聞かれたシュレッドが答えると、シヴァリーはホッとした顔で微笑んだ。シュレッドもニコリと笑うと、ラルドの方も見た。
「ありがとね。ちょっとおっちょこちょいしちゃった」
「いつものことですよね」
てへっと笑ったシュレッドに、ラルドはげんなりした顔で首を横に振った。けれど口角が小さく上がっているのをシュレッドは見逃さない。抱き着いて頭をわしゃわしゃと撫でた。
「まったく。素直じゃないんだから」
「シュレッド、そろそろ案内してやれ」
「あっ! そうだね。ほら、こっちこっち!」
シュレッドにとって3人は子ども世代。子どもがいないシュレッドには可愛くて仕方がないもので、ついつい可愛がってしまう。
「精霊さんと魔獣さんは椅子いる?」
「なくて大丈夫です」
「そっか。分かった。それじゃあ、注文が決まったら呼んでね」
そう言い残して去って行ったシュレッド。残された3人はメニュー表を開いた。
「ジェマはスレートさんと来ていたんだろ? シヴァリーは?」
「私はよく小隊の部下たちと来ます」
シヴァリーが答えると、ラルドはそういえばと首を傾げた。
「シヴァリーって騎士団に入って5年目だよな?」
「そう、だね。うん」
「5年目で小隊長って凄いのか?」
「うーん。その話の前に注文を済ませちゃおうか」
シヴァリーが促して、注文を決める。シュレッドに伝えると、シュレッドは1つ1つ伝票を指差し確認して注文を確定させた。そしてしっかりと頷くとパタパタとキッチンに向かった。
「それで?」
「ああ、分かってる。そうだな。小隊長になるのは、大体7、8年経ってからだ。でもまあ、私は平民の身で立身出世したからな。それだけの実力がなければ騎士にもなれなかった。出世が速いのは当然のこととも言える」
シヴァリーはどこか自嘲するように言う。その様子にラルドは眉間に皺を寄せた。
「それは誇れることではないのか?」
「同じ身分の人からは希望として扱われるけど、騎士団の中では蔑まれるだけだ。平民のくせに、平民だから出世できるんだ、とかな?」
「貴族らしいな」
「でしょ?」
苦虫を嚙み潰したような顔のラルドにへらりと笑い返したシヴァリーの拳は堅く握り締められている。ジェマの頭の上からピョンッと飛び降りたジェットは、シヴァリーの元に駆け寄った。そしてシヴァリーの拳にちょこんと飛び乗ると頭をスリスリし始めた。
「ジェット、ありがとな」
「ピピッ!」
シヴァリーが頭を撫で返してやると、ジェットはリズミカルに頭を揺らした。慰めるような仕草を見て、ラルドは顎に手を当てた。
「ジェットは人の気持ちの機微に敏感なのか?」
「魔獣は人間の殺気に敏感ですから、それ以外の感情も察知できる可能性がありますね」
「流石に詳しいな」
「採取に行くときに必要な知識はお父さんが教えてくれましたから」
ラルドはジェマを窺うように見た。けれどジェマが懐かしい記憶を頬を綻ばせて思い返している様子にホッと息を漏らした。