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 シヴァリーは試しに【伸縮財布】を使ってみる。シヴァリーが持っていたパンパンに膨らんだ麻袋の財布の中身をジャラジャラと流し出す。それをジャラジャラとラルドが支えている【伸縮財布】の中に入れていく。


 すると入れても入れても【伸縮財布】が膨らまない。最後の1枚を入れたときには、触れば中身があることが分かる程度の凹凸があるだけ。見ただけではその凹凸を認識することは難しかった。



「凄い」


「シヴァリーさん。これを持ってみてください」


「ああ」



 シヴァリーが【伸縮財布】を持ち上げると、目を見開いて固まった。うずうずしていたラルドはその手からひょいっと【伸縮財布】を取り上げた。それがシヴァリーの手から離れた瞬間、ラルドも目を見開く。そしてゆっくりと瞬きをして【伸縮財布】をジッと見つめた。



「どうですか?」



 ジェマが不安げに聞くと、シヴァリーはハッとした。そして動揺したまま視線を上げると、ラルドが持ったままの【伸縮財布】を手で指し示した。



「小さくて、重くない! こんなの、初めてだ!」



 ほとんど片言になりながらもその魅力を伝えようとするシヴァリーの手は震えている。



「え、本当にこんな良い物もらって良いのか?」


「もちろん。それはシヴァリーさん専用に作ったものですし、もらっていただけないと宙に浮いてしまいますから」



 ジェマがニコリと笑って促すと、シヴァリーは緊張した表情のまま頷いた。固まったままのラルドの手から【伸縮財布】を取り上げて、抱き締めるように胸に抱えた。



「本当にありがとうな。大切に使わせてもらうよ」


「はい。そうしてください」


「ピッ!」



 ジェマだけでなく、ジェットも2本の脚を上げて同意する。シヴァリーはジェットの頭を撫でてやってその気持ちに応えた。



「ジェマ」


「はい」



 ようやく動き始めたラルドに声を掛けられて、ジェマはピクリと反応した。そしてジッとラルドを見つめ返すと、ラルドは眉間に皺を寄せていた。



「この【伸縮財布】は非常に素晴らしい」


「ありがとうございます」



 ラルドはジッと黙る。ジェマはゴクリと唾を飲んだ。



「普通の、シヴァリーが使っているような袋型の財布の相場は大体50マロから100マロといったところだ」


「そうだな。私なんて中古とはいえ10マロだったぞ」


「まあ、大体そんなものだろうな。その点この商品は素材の高級性と、シヴァリーのもののようなデザイン性もある。量産型の方はデザインが統一されているようだが、もっと工夫ができるだろう。そう考えると、この財布1つで2000マロは下らないだろう」


「に、にせんまろ」



 2000マロは銀貨4枚。中級層であっても月の給料の3分の2。貧民層では2カ月分の給料になれば良い方といった具合だ。


 もはやカタコトになってしまっているジェマ。ポカンとしたまま固まったその肩をジャスパーが叩いた。ハッとしたジェマは、ふるふると頭を振った。



「え、えっと、もう少し、その、安く売るには、どうしたら良いですか? 銀貨4枚なんて、あの、その、払える人は少ない、ですし。素材は、ジェットのお陰でお金が掛かりませんし、自分で採りに行くことも、できますし」



 ジェマがつっかえながら聞くと、ラルドは頭を掻いた。



「安く、か。それは難しいだろうな」


「それは、どうして?」



 ジェマが恐る恐る聞くと、ラルドは真面目な顔でジェマを見つめた。



「ジェマが作るものは、確かにジェマが言う通り銀貨4枚では富裕層くらいしか買えない。他の困っている層まで行き渡らせることは難しいだろう」


「なら」


「しかしだ。素材を安く入手できるのはジェマだけだ」



 ラルドの言葉に、ジェマは首を傾げた。



「それの何がいけないの? 私は安くできるだけ安く売る。他の人たちもそれは同じじゃないの?」



 ジェマの純粋な瞳。ラルドは小さくため息を吐いて、ビシッとジェマの前に指先を突きつけた。



「いいか? 同じ性能で安いものと高いものがあれば、みんな安いものを選ぶだろう? 最大限安く作った職人も、ジェマの設定したい価格には届かない。そうなれば作ることを諦めるかもしれない。その先にあるのは商売の独占だ。スレートさんのようなブランド化ではない」



 ジェマはラルドの言葉を噛み砕くようにジッと考え込んだ。シヴァリーは年下の2人が真剣に商売について話す姿を不安げに見つめた。



「たくさんの中で輝いているから、ブランドとして確立するって話?」



 シヴァリーの解釈に、ラルドは黙って頷く。



「ブランド化の原理はそういうことだ。ただしここで言いたいのは、商売の独占についてだ。ジェマがもし、これから利益を求めるようになったら?」


「そんなことはしません!」



 ジェマが大声を出してカウンターをバンッと叩いた。すぐにハッとしてシュンとしたジェマに、ラルドは首を横に振った。



「それは保証できないことだ。人間の感情ほど不確定な要素はないからな。それに俺が信じても、他の道具師が信じなければ摩擦が生じて商売がしづらくなる。そうなれば今ジェマが手を差し伸べたい人達が困ることになるんだ」



 ジェマはハッとした。他の道具師との摩擦。それが店を畳むことになる原因ランキングの第1位であることは道具師として道具師ギルドに登録したときに学んだことだ。ジェマはグッと堪えて頷いた。



「それからもう1つ。ダークアラクネの生息数がアラクネ種の中で最も少ないことは知っているな?」


「それは、もちろん」



 ジェマは頷きながらその言葉の意味に気が付いて青ざめた。



2024.08.01価格を変更しました。

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