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シヴァリーはジャスパーに促されて切り株に腰かけた。ジャスパーは近くの木の枝にちょこんと座った。木がさわさわと揺れる。どこかで鳴いている魔獣や動物の声が空に響く。
「それで、相談とは?」
「ああ」
シヴァリーが聞いても、ジャスパーは迷うように声を漏らすだけ。ズバズバと物を言うジャスパーにしては珍しい。ジャスパーのことをよく知らないシヴァリーでも、その緊張感に当てられてゴクリと喉を鳴らした。
木漏れ日が森を照らす。茂みから飛び出したレポリナエが花をひくひく、耳をピコピコと動かして、サッと茂みに潜り込む。シューシューと言いながら地面を這うサーペントが茂みから顔を出す。首を竦めて、方向を決めるとズルズルと這って進む。
ヤケイの鳴き声も響く。野生のヤケイは森の中をドタドタと群れで駆け抜ける。
「その、相談というかだな」
木がさわさわと揺れる音に耳を傾けていたシヴァリーは、瞬時に耳をジャスパーの声に傾けた。シヴァリーは枝の先端の方に移動して、シヴァリーとの距離を詰める。
「実はな」
ジャスパーは言葉を切ると大きく息を吸った。
「ジェマはジェットと既に魔獣契約を結んでいるんだ」
「そうなんですか」
シヴァリーは思いのほか重大ではないと、軽く頷いた。けれどジャスパーが次の言葉に悩む間に、そのことの重大さに気が付いた。
「え、ジェットさんの色って」
「ああ。黒だ」
アラクネ種の幼体は黒である。それは常識中の常識だ。そして魔獣契約したアラクネ種の幼体の色が契約者の魔力適正によって決まるという話は、契約を行うこともある冒険者や騎士にとっての常識だった。
そしてアラクネ種の中で黒い身体を持つ場合、その名をダークアラクネと言う。それもよく知られた話だった。
アラクネ種がダークアラクネになるためには幼体の内に闇属性の魔獣や動物を大量に摂取する必要がある。幼体の中でも優れていたものが成長してダークアラクネとなることが多い。
他より優れている自覚があるダークアラクネは、他のアラクネ種から崇拝される。その環境で育ったダークアラクネが魔獣契約に応じることはまずあり得ない。契約しようとしたものを狩って餌にすることなどよくある話。
他のアラクネ種は養殖されることもある。しかしそもそも闇属性の魔獣や動物は特異なスキルを持っているために基本の四属性よりも狩りが難しく、ダークアラクネの養殖は今のところ成功していない。
「幼体が魔獣契約によってダークアラクネとなったんですよね?」
「ああ」
シヴァリーは念を押すように聞く。ジャスパーは次の言葉を探すことを中断して、シヴァリーを見つめた。
「ダークアラクネになるために必要なのは、闇属性魔法の適正です。人間で闇属性魔法の適性を持つのは」
シヴァリーはそれに続く言葉を発して良いものかと視線を彷徨わせる。ジャスパーは次の言葉を促すように、シヴァリーを見つめて神妙に頷いた。
「ジェマは王族の血を引いている、ということになります」
シヴァリーは耳を近づけなければ聞こえないほど小さな声で導かれた答えを音にした。ジャスパーは紡がれた言葉を噛み締めるように頷くと、不意に肩の力を抜いて苦笑した。
「やはり、そういう答えになるか」
ジャスパーはボーッとした視線を〈チェリッシュ〉に向ける。窓の向こうで真剣に裁縫に勤しむジェマの姿が見えた。
「昔から、そんな気がしていたんだ」
ジャスパーはぼやく。シヴァリーはあり得ないはずの仮設を前にしてショートしそうな頭で、ジャスパーの言葉をどうにか処理する。
「ジェマの出生紋はスレートとは違う。スレートは道具師の家の紋である金づちだ。だがジェマは、全く違った。それが何か、我は知らなかった。だが、ある日同じ出生紋を見たんだ」
ジャスパーはその日を思い出すように瞼を閉じる。
「スレートを王城に連れて行こうとする近衛騎士団のマントの紋章。月がなければ、ジェマと同じ紋だった」
騎士団のマントの紋は仕える王族の紋。個人紋が月なのは現王妃。王族の血筋、分家に生まれた現王妃はその紋を背負って生まれたことで現王との婚姻が認められたという。
「ジェマは、王族だと?」
「分家の人間なのかもしれない。少なくともスレートは違う。となれば、母親がその血筋だという可能性がある」
スレートはジェマの出生について何も語らなかった。ただ、ジェマはジェマの生きたいように生きるように言い続けた。
「出生紋は神が授ける絶対的なものです。ですが不思議なのは、ジェマはその紋を持つ人の特徴がありません」
「特徴?」
ジャスパーが聞き返すと、シヴァリーは自らの髪に触れた。
「王族の紋を持つ者は、絹のような白髪が特徴なんです。それから、現国王と同じひすいの瞳か、現王妃と同じルビーの瞳を持っていると言われています。実際、第1王子はルビーの瞳、第1王女と第2王子はルビーとひすいのオッドアイです」
シヴァリーの言葉に、ジャスパーは蹄で頭を抱えた。そして窓の方を窺うと顔を歪めた。