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 ブライアがマジマジと【マカロン】を見ていると、ジェマは次に薄い板を芋虫のように連結させた道具を取り出した。ブライアはそれを少し引いた目で見やる。



「それは?」


「これは【ベルト装着型ナイフ】です。ベルトの裏に仕込んでおくことで、簡単には見つかりません。そして細かい刃を繋げていることでベルトの曲がりに合わせて曲がります。あとはそうですね。先端の刃が毀れても折ればまた切れます」


「これはまた」



 ブライアは苦笑いを浮かべる。さっきからこれ以上の言葉が出てこない。ナイフに触れると、そのしなりと切れ味を確認した。



「じゃあ、次ですね。これは【峨嵋刺】です。ホールアラクネの脚を輪切りにして、輪に垂直にホールアラクネの脚を削って作った棒を緩く留めています。棒の先端にはオブシディアンをくっつけているので、すれ違いざまに刺すことができます。棒を内側にして指輪のように指に嵌めると、手を握ったときに2cmだけ棒が飛び出します」


「奇襲にはもってこいだね」



 ブライアは峨嵋刺を嵌めてみる。産毛の生えたふわふわとした手触りが指に馴染みが良い。



「あえて産毛の処理をしていないのかな?」


「はい。その方が肌触りが良いですから」



 武具製作において使用感の良さは必須項目だ。肌なじみの良さは長期使用やリペアの依頼へ繋がる。少しでも長く自分の子同然の武具を使って欲しい、と思うのは鍛冶職専門の道具師でなくても共通の思いだ。



「確かに、産毛のお陰で滑りにくくて良いね」


「【峨嵋刺】はほんの少しの角度のズレが使用者の怪我に繋がりかねませんから」


「そうなの?」


「はい。私も実際に使ってみたのですが、ちょうど良い角度で固定したまま刺すことができないと自分にダメージが来ます。とはいえ、針を隠してしまえばただの指輪にしか見えないので、今回作ったものの中では最も戦闘に使いやすくて見つかりにくいです」


「なるほど」



 【ローズウィップ】はジャケットに隠せないことはないが、冒険者として登録していなければ怪しまれる可能性がある大きさと見た目だ。【マカロン】も使用時に振りかぶる必要がある。それに引き換え、【峨嵋刺】はアクセサリーとして持ち運び、ノーモーションから攻撃に移ることができる。最も暗殺向きの獲物と言えた。



「次は、髪飾りです」


「髪飾り?」



 ブライアは差し出されたものをマジマジと観察した。細い棒の端に白い小花の周りを紫色の蝶が飛んでいるようなデザインの精巧な飾りがついている。



「東方の島国の装飾品をこちらでも使いやすいようにアレンジしたんです」


「これ、〈エメラルド商会〉で売られているのを見たよ。確か、【かんざし】だよね?」



 ブライアは街を歩く高貴な女性たちがこれを見せつけるように着けていたことを思い出す。城下街では数少なく出回っているそれを身に着ける女性には羨望の眼差しが向けられ、1つのステータスとなっていた。



「はい。私が〈エメラルド商会〉さんに卸したものですね。なかなか人気だと伺ったので、街の女性たちの中にも着けている人がいると思います」


「うん。よく見かけるよ。美しくて希少なものだから、社交界に身を置いている女性たちは欲しくてたまらないようだよ」



 ブライアの言葉に、ジェマはへへっと照れ笑いを浮かべた。年相応のまだまだあどけなさが残る笑みに、ブライアはゾクッとした。得体のしれない恐怖を飲み込んだブライアは意識を【かんざし】に集中させた。



「これを着けて潜入したら、女性の流行を気にかけてチャンスを狙っている人の懐には入りやすくなりそうだな」


「使えそうなら良かったです。では次です」



 ジェマは次に1本のペンを取り出した。



「最新型のペンかな。羽ペンに変わると言われているあれだね。実物を見るのは初めてだけど、格好良いものだね」



 ブライアがしげしげと見つめる眼の前で、ジェマは1度カチリと頭を押した。するとペン先が現れた。



「1回ノックするとペン先が出ます。2回連続でノックすると」



 ジェマが実際に2回連続でノックしてみせる。するとペン先は固く鋭利な凶器に変わっていた。



「これは【タクティクスペン】です。普通のペンとしても使えますが、オブシディアン製の針が仕込まれています」


「【峨嵋刺】より見つかりにくいんじゃない?」


「はい。ですが【峨嵋刺】よりも手に何か持ってこちらに向かってきているという警戒心は与えてしまいます」


「なるほど。あくまで自然な流れで暗殺するとき用だね」


「あ、もちろん袖裏に隠しておくことはできると思いますけど」


「あはは。でもそれなら【峨嵋刺】があるから大丈夫でしょ」



 真剣な顔で暗殺用の武具の話に花を咲かせる2人。傍から見れば異常者と思われる。けれど2人はあくまで暗殺者と道具師というその道のプロを名乗るものとして対峙している。



「あと2つは武具というより、防具かもしれません」



 そう言うと、ジェマは最後の2つ、【アリウムスプレー】と【クロス型マジックペンダント】を取り出した。



「【アリウムスプレー】はヴァンパイアが苦手なアリウムの匂いと成分を凝縮させたミストを噴射できるものです。【クロス型マジックペンダント】もヴァンパイアの苦手なものです。中央には風の防壁が付与された魔石を埋め込んでいるので、多少の防御もできます」


「なるほど。アリウムはヴァンパイアにとって酒よりも泥酔状態にする効果があるものだしね。その隙をつくことで確実に仕留められる確率が上がる。それに攻撃魔法が効かないからと魔法は使っていなかったけど、防御を魔法に任せるのはありだね」



 ブライアはジェマが並べた全ての商品を手に取って顔を近づけて観察する。そして腕組みをして熟考するとニッと笑って腰元に手を伸ばした。



「全部買おう。料金は約束通りこれで」



 ブライアは大金貨1枚を机にパチリと置いた。



「期待以上の仕事をしてくれてありがとう。また来るよ」


「ありがとうございます。修理も受け付けてますから、いらしてください」


「うん。ありがとう」



 ブライアはニコニコと笑って武具を麻袋に仕舞う。最後にチラリと個室の隅に視線をやると、ひらひらと手を振って帰っていった。


 ジェマとジャスパーは長い長い息を吐いてその場に座り込んだ。



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