15
それからジェマが毎日作業場に籠っていると、あっという間に約束の日になった。ジェマは久しぶりに朝から店頭に立つ。商品棚にジャスパー、カウンターの端にジェットが座った。
「ジェマ、結局どれくらい作ったんだ?」
「えっと、1、2、3……」
ジェマは両手で数える。思い出しきれなくなって、カウンター裏に置いておいた依頼品を実際に数え始めた。ジャスパーはその姿を見ながら苦笑いを浮かべる。
「合計で8つだね」
「へぇ、それはそれは。素晴らしい腕前だね」
「ピッピッピッ!」
ジェマが顔を上げた瞬間に聞こえた声。ジェットは入口に向かって警戒音を鳴らす。いつの間にか入口に立っていたのはブライアだった。
「ブライアさん、いらっしゃいませ」
「うん。こんにちは。驚かせてごめんねって、その子、アラクネ種の幼体かな?」
「はい。ジェットと言います」
「ふぅん」
ブライアは顔を近づけてマジマジとジェットを見つめる。ジェットは頭をブンブンと振りながらオロオロするとジェマの腕にピョンッと飛び退いた。そしてせかせかとジェマの首の裏まで逃げ込んだ。
「あらら。紋章が見えなかったんだけど、魔獣契約はしてるの?」
「えっと」
「まあ、してないよね。幼体は契約と同時に形質変化が起こると言われている。まあ、そもそもアラクネ種と魔獣契約しようなんて考える人はテイマー職の中でもひと握りしかいないと思うけど。生産職のキミがこの子と一緒にいることの方が不思議なくらいだし」
ブライアは饒舌に語る。ジェマはそれをポカンと見ていた。けれどすぐに笑顔を浮かべて小首を傾げた。
「先日森に出かけたときにとてもなついてくれたので、一緒に暮らしているんです。もう少し信頼関係を築いたら魔獣契約も考えます」
「ピッ?」
ジェットはくりんと首を傾げたけれど、ジャスパーはそれで良いと言わんばかりに何度も頷いた。
この1週間のうちに、ジャスパーはジェマに伝えていた。ジェットとの魔獣契約についてはまだ他言しないこと。ラルドとシヴァリーにもまだ言わないようにと。ジャスパーは理由を言わなかったが、ジェマはジャスパーが言うならばと頷いた。
「なるほどね。裏切られる前に急ぎなよ?」
「あはは。ジェットはそんな子じゃないですよ。でも、心配してくれてありがとうございます」
ジェマはニコニコと笑う。そしてブライアが次の言葉を口にする前にポンッと手を叩くとカウンターの下から依頼の品を取り出した。
「こちら、今回制作した商品になります」
「うん。1つずつ説明してくれる?」
「もちろんです。こちらへどうぞ」
ジェマはブライアから注文を受けたときと同じように個室を組み立てた。ブライアは今回も一応警戒してから椅子に腰を下ろす。
「今回ご用意したのは8点です。まずは鞭。柄に飛び出しナイフ、ボディはホールアラクネの糸を編んでいて、中に薬品を入れることができます。起爆剤を入れてたとしても300回は連続使用できる耐久性があります。振ることで薬品が飛び出すので、自分に掛からないように気を付けてください」
「薬品はどこから飛び出すの?」
「ホールアラクネの糸には液体が零れないサイズの細かい穴が開いているんです。振ることでそこから液体が漏れる構造になっていて、ホールアラクネはそれを利用して毒を振りまいているんです」
「そっか。ポイズンアラクネと違って糸自体に毒があるわけではないもんね」
ブライアは鞭を手に取るとふむふむと頷いた。ボディの精密な編み込みを見ると、小さく息を飲んだ。
「次はダークアラクネの糸を使用したマカロンです」
「マカロンならこの間買ったけど。って、え? ダークアラクネの糸? 買ったの?」
「はい。森で」
「あ、狩ったんだ」
同音異義語に振り回されているブライアに、ジェマはポカンと口を開いた。けれどすぐにハッとすると、営業スマイルを取り戻した。
「それで? マカロンならすでに持っているけど」
「はい、それは頑丈さに定評があるホールアラクネの糸を使用しているので、巻き取ることには長けています。対してこちらはダークアラクネの糸。ダークアラクネの糸の周囲の次元を歪める効果は糸ノコギリに使用されるほどの切れ味が特徴です」
「なるほど。マカロンで敵を引き寄せるわけじゃなくて、マカロンで殺ると」
「はい」
ジェマがニコリと笑うと、ブライアの背筋にゾクリと冷えたものが走った。個室の隅で隠れて様子を窺っていたいたジャスパーも、ゴクリと唾を飲んだ。
「確かにこれは有用だ」
ブライアはマカロンを試しに握ってみる。手に馴染むひんやりとした手触り。そっと撫でると手が切れた。
「わっ、血」
「あっ、ごめんなさい。説明を忘れていました」
ジェマは1度個室を出ると、カウンターの下から救急箱を取り出した。そこから消毒薬とガーゼ、テープを取って個室に戻った。
「手を出してください」
ジェマは手当てをする。ブライアはマカロンを手放したが、興味深そうにマジマジと観察していた。手当てを終えてようやくその視線に気が付いたジェマは、頬を掻いた。
「実は、今回は本体に木を使っていないんです。片面をインフェルナリスの外骨格、もう片面をオブシディアンで作っているんです」
「糸だけじゃなくて本体が当たるだけでも痛いし、避けきれずに擦っても痛いってこと?」
「そういうことですね。因みにこれをさっきの鞭に取り付けた留め具のところに固定すると、釣り具のように使えます。巻き取りは留め具の端に付いているハンドルでできます。糸の先の軽い方を飛ばすのでマカロン単体よりも射程距離も伸びますよ」
「それはそれは」
ブライアは感心もできない起きないほど圧倒された。言葉が出ないブライアを前に、ジェマは次の商品を取り出した。