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 店に戻ってきたエメドは、その手に1冊の分厚い本を持っていた。丁寧にヒスイ色のリボンが掛けられたそれはジェマに差し出された。



「魔術書、ですか?」


「そう。魔道具師が最初に持つ本の最新版。スレートからジェマちゃんへの成人祝いだよ」


「お父さん、から?」



 ジェマは目を見開くと、震える手で魔術書を受け取った。リボンの表紙側に挟まれたメッセージカード。そこには「ジェマ、成人おめでとう」と書かれていた。



「契約者の文字だ」


「お父さん……」



 ジェマは浮かんだ涙をそっと拭う。そしてリボンを優しく解くと、メッセージカードを開いた。



「我が最愛の娘へ。お誕生日おめでとう。そして成人おめでとう。今日がジェマが夢見ていた所有者固定魔道具師への道の第1歩目を踏み出す日だよ。お父さんと同じ道を進みたいと目を輝かせて話してくれてとても嬉しかった。お祝いに、この本を送ります。これからは師弟としてもよろしくね。父より」



 スレートの横に伸びた癖のある文字。ジェマはそっと文字をなぞってスレートの存在を感じた。ジェマの肩の上で、ジャスパーも蹄でこめかみを抑えた。



「スレートが注文してくれていたんだ。メッセージも注文した日にはもう用意していてね。当日に取りに来てくれるはずだったんだ。ようやく渡せて、良かったよ」



 薄っすらと涙の浮かんだ瞳。震える手でジェマの髪を梳くように撫でたエメドは、どこか満足そうに微笑んだ。



「さてと、そろそろ商売の話だ。納品分はもうできているね?」


「はい、こちらに」



 ジェマは涙を拭うと、魔術書とメッセージカードをカウンターに置いた。そして店の端に積んでおいた木箱を、顔を赤くしながらズルズルと引っ張ってエメドの前に持ってきた。



「手伝う」



 あまりの危なっかしさにラルドも手伝って、ようやく5箱全てがエメドの前に用意された。



「これはこれは。大量だね」


「魔道具はありませんから、必要なものを選んで持って行ってください」



 スレートが店主だったときのように魔道具を扱うことはできない。魔石を用いた商品は、できれば店頭で販売して使用者に合ったものを提供したい。ジェマの技術不足と思いの結果だった。けれどバリエーションの豊富さには目を見張るものがある。



「スレートが販売していた道具よりも種類が多いね」


「はい。家具や日用品を中心に、装飾品も多めに作ってみました」



 箪笥(たんす)や本棚、キッチン雑貨を主力商品としているが、そのラインナップも種類の多さに驚かされる。例えば本棚は1つで組み立てが完了するものから、自由に組み立てができるようにひと箱ずつ分かれているものまで。とてもひと言では言い尽くせない。



「アクセサリーはスレートの不得意なものだったからね。新たな客層を得られそうだ」



 エメドがうんうんと頷くと、ラルドも1つかんざしを手に取った。かんざしは東方の島国で使用されているアクセサリーだ。マジフォリア王国では滅多にお目に掛かれない品である。



「道具師としてまだ2ヵ月なんだよな?」


「そうですけど」



 ラルドはジッとかんざしを観察する。エメドはその姿を優しく見守るが、ジェマはそわそわと落ち着きなく指を動かしていた。



「同じ形のものはいくつか見たことがあるが、こんなに精巧な上物は初めて見た」


「そ、そうですか?」


「へぇ、見る目あるな」



 ジェマが目を見開いて聞くと、ラルドの代わりにエメドが頷いた。ジェマの肩の上から飛び上ったジャスパーは、ラルドの周りをふわふわと飛び回る。



「ラルドの言う通り、ジェマちゃんは細かいところの造りが丁寧で美しい。何年も修行している人に引けを取らないよ。これからの努力次第で、もっと良い物を作れるようになるね」



 エメドがそう言ってジェマの肩を叩く。その間もジッとかんざしを見ていたラルドは、今度は指輪を手に取って、それもじっくり観察し始めた。



「ごめんね。でもラルドの目利きは確かだよ。嘘偽りのない商売をするのに、私よりずっと向いている子なんだ。だからジェマちゃんのこともラルドに任せようと思ったんだよ。ジェマちゃんは私にとっても大切な娘のような存在だからね」



 エメドは微笑むと、ジェマを優しく抱き締めた。ジェマにとっては久しぶりの人の温もり。どうするべきかと彷徨った手は、エメドの背に落ち着いた。



「そろそろ良いか?」


「ジェマ、仕事だぞ」



 ラルドとジャスパーの声に、ジェマはゆっくりエメドから離れた。エメドにはジャスパーが見えていないから、ラルドの声に反応した。



「今日は装飾品全てと、キッチン用品をここからここまで、家具をこれとこれ以外買いたい」


「そんなにですか?」


「そのつもりだったんじゃないのか?」



 ラルドの冷静な問いに、ジェマは慌ててカウンターに置かれたレポリナエくらいの大きさの機械の元に向かった。因みにレポリナエとは長い耳を持っていてぴょんぴょん飛び跳ねて移動する白い動物だ。



「それは?」


「【自動計算機】です。私は珠算が苦手なので」


「魔道具か?」


「いえ、私が作った道具です。ダイアルを合わせたりハンドルを回したりすることで中のからくりが動いて勝手に計算してくれるんです。扱い方に慣れれば珠算よりずっと楽ですよ」



 ラルドはしげしげと【自動計算機】を観察する。外から見ただけではさっぱり使い方も仕組みも分からない。



「まあ良い。とりあえず話を進めよう」



 ジェマとラルドは商品ごとに値段交渉を進める。値段が決まるとメモをして、ジェマは自動計算機、ラルドは珠算で合計額を記録した。その間、エメドは初めて見る自動計算機の仕組みを解明しようとジェマの手元を凝視していた。



「よし、これで良いか」


「はい。高く買い取っていただいてありがとうございます」


「物が良いのだから当然だ。それと」



 ラルドは言葉を切ると、自動計算機に触れた。



「今度これを買い付けたい」


「これをですか?」


「ああ。王立学園への入学について整備が進められてはいるが、学園で教育を受けられない子どもや大人の助けになるはずだ」



 読み書きと珠算。生きる上で必要なそれを持たない者のために。自身も学園で学んでいないジェマは、力強く頷いた。



「分かりました。来月までに少しでも簡単な操作ができるように考えてみます」


「よろしく頼む。〈エメラルド商会〉は新しい〈チェリッシュ〉とも良好な協力関係を築いていきたい」


「よろしくお願いします」



 2人が固い握手を交わすと、エメドは感慨深そうにハンカチで目元を拭う。


 こうして2人の商人は大量の商品を荷台に積み込んで帰って行った。



2024.07.25改稿しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そばにいてくれる精霊がいるとはいえ、仕事をそつなくこなすしっかり者のジェドが父の誕生日プレゼントに涙するシーンがじんわりと来ました。
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