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 実験を終えたジェマは家に帰ると、実験の結果をノートに記しながらジャスパーにも実験の様子を話して聞かせた。夕食の準備をしながら聞いていたジャスパーは、ジェットのご飯にあんをかけた。ジェットは2本の脚を上げて、大喜びでそれを食べた。



「ジェマも凄いな。ホールアラクネの糸の性質も、よく勉強している」


「うん。お父さんの本に書いてあったからね」



 ジェマは誇らしげに笑う。スレートが遺した素材に関する本。つまり魔獣や魔物、植物について書かれた本は、スレートが生きていたころから何度も何度も読んでいた。それはもう、覚えてしまうくらいには。



「ジェマの才能はアイデア力と勤勉さもだな」


「何か言った?」


「いや。ほら、できたぞ」


「わぁい! いただきます!」



 ジャスパーの呟きへ向いたジェマの意識は、目の前に現れた夕食によって完全に忘れ去られた。美味しそうにもぐもぐと食べるジェマを見つめて、ジャスパーは呆れたような慈しむような顔で笑った。


 3人で夕食を食べると、ジェマはまた作業場に籠った。鞭に付属させたい棘と留め具を仕上げて固定すれば、鞭はそれで完成だった。


 意気揚々と向かっていく背中を見送ったジャスパーは、食器を片付けるとジェットとともに作業場に向かった。静かに作業場に入り込むと、素材棚を片付ける。


 ジェットも最初はジャスパーを手伝っていた。けれどアラクネ種の糸を見るとはたと脚を止めた。



「ジェット?」



 ジャスパーが静かに声を掛けた途端、ジェットは勢いよく糸を吐き出し始めた。



「ジェット!」



 ジャスパーは慌てて止めに入ろうとした。けれど飛ばされた前足はジェットに触れることなく止まる。


 ジェットは吐き出した糸を2本の脚で器用に巻き取る。そして他のアラクネ種の糸と同じように束ねると、それをジャスパーに手渡した。



「これは」



 ジェットはそれをマジマジと見る。採取に行ってもアラクネ種最強と言われるダークアラクネの糸は入手が難しい。倒して体内のものを巻き取るしかないのだから当然だ。しかし、それ以上に傷もなく質の良い糸が、目の前にポンッと差し出された。



「ジェット、凄いな」


「ピッ!」



 ジャスパーが噛み締めるように褒めると、ジェットはさらに糸を吐き出した。しばらくその様子を観察していたジャスパーは、ハッとすると片付けをしながら横目でそれを見守ることにした。


 作業場にジェマがオブシディアンを削る音とジェットが糸を吐き巻き取る音、そしてジャスパーが棚を片付ける音がそれぞれのリズムを取る。誰も喋らず、各々の作業を進めていた。


 そのうち、トサッと小さな音を立ててジェットが倒れた。ジャスパーが手に持っていたものを放って駆け付けると、胸元がゆっくりと上下していた。ジャスパーはホッと息を吐くと、ジェットの頭にトンッと蹄を置いた。



「お疲れ様」



 目尻を下げたジャスパーは浮遊魔法で静かにジェットを持ち上げると、そっとドアを開けて作業場を後にした。ジェマは不意に視線を上げると、周りをぐるりと見回す。カタリと立ち上がると、グイッと背筋を伸ばしながら素材棚の方に歩いた。


 ジェットの部屋までふよふよと飛んだジャスパーは、フルーツ籠に布団を敷き詰めたベッドにジェットを下ろした。それから掛け布団も掛けてやると、またふよふよと作業場に戻った。


 音を立てないように慎重にドアを開けたジャスパーは、棚の前にしゃがみ込むジェマを見つけた。その瞬間に気遣うことなく開いたドアの音に気が付いたジェマは、ひょいと手を挙げた。ジャスパーが同じように前足を挙げて返すと、ジェマは手にしていた素材に視線を戻した。



「ジャスパー、これってさ」


「ジェットが吐いた糸だ」


「つまり、ダークアラクネの糸?」


「ああ」



 ジェマは糸を撫で、つつき、軽く引っ張る。ジャスパーはジェマの肩にちょこんと降り立った。



「ジェットは?」


「森にも行ってもらったし、糸を吐いているうちに疲れたんだろうな。寝てしまったから部屋に寝かせてきた」


「そっか。ありがとう」



 ジェマはよしよしとジャスパーの頭を指先で撫でる。ジャスパーはふんっと鼻を鳴らすと、ジェマの首に擦り寄った。



「ジェマ」


「なぁに?」



 ジャスパーは重たく名前を呼んだきり何も言わない。ジェマは目を閉じてジャスパーの頭を撫で続けた。



「1週間で依頼は達成できそうか?」


「うーん。とりあえず最初の1つはそろそろできそう。もう少し色々やってみたいけど」


「そうか」



 軽い会話。ジェマはジャスパーの顔をチラリと伺ったけれど、聞かれたことに答えてニッと笑う。



「まだあと5日もあるからね」


「依頼が来ると1日が濃密になるから、時間感覚が狂うんだよな」


「あはは。確かに」


「ということで。寝る時間はなるべく一定にするぞ」


「はぁい」



 ジェマはクスクスと笑いながら返事をする。そして空を見上げると、山の上に終日の星が浮かんでいた。眠る時間を告げる星。ジェマはゲッと苦い顔になった。すぐに表情を引き締めて澄ました顔で作業に戻ろうとしたジェマの肩にジャスパーの蹄が乗る。



「ジェマ。寝るぞ」


「うぅっ」



 ぶつぶつと文句を言って拗ねながらも道具を片付けるジェマに、ジャスパーは呆れたように肩を竦めながら微笑んだ。



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