12
ナイフを完成させた翌日、朝食を食べたジェマはこの日も作業場に籠った。
「次は柄だね」
インフェルナリスの外骨格を作業台の上に並べた。発火の火属性魔法が付与された魔石に魔力を流して青い炎をつける。炎で溶かした外骨格を1つ1つ溶接していく工程。とはいえ最強の防具と言わしめる素材。微かに、一瞬溶けるだけ。その一瞬の隙に的確な向きと位置に当てる必要がある精密さが求められる作業。
ジェマも微かな手の震えを抑えようと深呼吸をしてから外骨格を炎に近づける。近づけてしばらく。ようやく溶けた外骨格をサッとくっ付ける。その瞬間に固まった外骨格。ジェマは椅子の背もたれに背中を預けて深く息を吐いた。青い炎が揺らぐ。
「よし、次」
ジェマはこの作業を繰り返して鞭の柄を作っていく。何十にも重ねてようやく完成した筒。ジェマはインフェルナリスに唯一対抗できると言われる闇属性の魔術を付与した魔道具で作られたやすりを使ってナイフの形に合わせて削る。
闇属性は周囲の次元を操る力がある。他にも記憶や幻覚など、脳に干渉するような能力がある。そのために道具師ギルドも闇属性の魔術を扱える人物を限定し、魔道具師も販売相手を選ぶようにしていた。
「闇属性って最強だよなぁ」
スレートが遺してくれた魔術を付与した魔道具たち。ジェマが持ち得る財産だった。国でも有数の魔道具師だったスレートが遺した魔道具。誰もが羨むそれを正当性を持って引き継いだジェマ。道具師ギルドからは買い取りを希望されたが、ジェマはそれを拒否した。
やすりでナイフが出入りできるように削った柄に、実際にナイフを当ててサイズを確認する。微調整をしてナイフを中に差し込む。それから柄の端とナイフの端。重なったそこに杭を打つ。杭を中心に刃が回る。使いたいときだけナイフとして使える仕様。
「出したくないときに飛び出ないようにしないと」
ジェマはバンドを取り付けて刃が勝手に飛び出さないように固定する。それが振っても飛び出ないことを確認して、ナイフの加工は完成。それからやすりでさらに柄を小さく穴を開ける。その穴にホールアラクネの糸を通す。
通した1本の糸を中心に、アラクネ種の中では最も太い糸を持つホールアラクネ。そのしなやかな糸を何本も編み込んでいく。柄の半分くらいの太さになるまで編み込み続けるこの作業。ジェマは鼻歌を歌いながら作業を進めた。
編み込んだ糸の長さを切って調節したら鞭の加工も完成。ジェマは立ち上がると机の端に置いてあった瓶を1本ポケットに入れる。それから外に出て作ったばかりの鞭を軽く振るってみる。
パシンッ
「きゃっ」
思いのほか大きい音に、ジェマは身を竦めた。鞭が当たった地面はひび割れている。軽く振るっただけでこの威力。ジェマは呆然とした。
「これ、どうしよう」
ジェマはポケットから取り出した瓶をジッと見つめる。ラベルには『ボム』の文字。起爆剤とも呼ばれるこの薬品。ジェマは炭鉱開発用の施策として作ったものだった。当然炭鉱開発をして素材採取をすることが目的だ。
「やってみようかな」
ジェマは1度家の中に入る。
「ジャスパー!」
家中に声が響くほど大きな声で呼ぶと、店の方からジェットが飛び出してきた。
「ピッ!」
「ジェット! ジャスパー知ってる?」
ジェマはジェットの質問に脚を上げて応える。チョコチョコと歩いて行くジェットの後ろに付いて行くと、店番をしているジャスパーが苦笑いのままジェマに手を振った。
「ジェマ。お客さんがいたらどうするんだ?」
「ごめんごめん。ちょっと森に入りたいから報告に行こうと思って」
「森に?」
ジャスパーは説教もそこそこに、ジェマの言葉に眉を顰めた。
「試作した鞭に起爆剤を仕込んで試し打ちしようと思ったんだけど、鞭の出来が思ってたより良くってね? 起爆剤まで使ったら」
「使ったら?」
ジャスパーが聞き返すと、ジェットもくりんと首を傾げた。ジェマは指をもじもじさせて、恥ずかしそうにはにかんだ。
「お家ごと吹き飛ばしちゃうかも?」
えへへ、と頭を掻くジェマに、ジャスパーはポカンと口を開けたまま唖然とした。対してジェットはピョンピョンと飛び跳ねて全身で楽しさを表現している。
ジャスパーは深々とため息を吐くと窓の外を見やる。木々がザワザワと揺れる。1人で行かせるわけにはいかない場所。
「分かった。家を壊されたくはないからな。森でやってくれ。だが、店を空けるわけにもいかない。ということで」
ジャスパーはジェットに視線を向ける。ジェットはまたくりんと首を傾げた。
「ジェット。ジェマの護衛を頼むな」
「ピッ!」
ジェットは小さな黒目をキラキラと輝かせると、2本の脚を勢いよく持ち上げた。それに飽き足らず、更にはピョンピョンと飛び跳ね始めた。
「ジェット、落ち着け」
ジャスパーが浮遊魔法でジェットを持ち上げると、ジェットは驚いたのか2本の脚を持ち上げた姿勢のまま石のように固まった。
「あははっ、可愛い」
「全く」
ジャスパーはジェットをカウンターに下ろす。バタバタとジェマの手の甲に逃げ出したジェットは、警戒するようにジャスパーを見上げる。ジャスパーはため息を吐くと、グイッとジェットに鼻先を近づけた。
「ジェット。ジェマを守るという大役を任せるんだ。ミスは許さない。心して挑め」
「ピッ!」
ジャスパーの真剣な顔に、ジェットも真面目な顔で脚を上げて答えた。ジャスパーはそれに満足気に頷くと、ジェマにニッと笑ってやった。