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 アラクネの素材は籠に入りきらなくなった。それでも捨て置くことはできなくて、ジェマは頭を抱えた。



「やっぱり無限に収納できるような道具は作りたいね」


「ああ。だがそれは物理的に不可能じゃないか?」


「次元を歪める必要があるもんね。そんなことができるのは闇属性の魔法が使える人だけだし」


「人間なら王族、他の種族でも闇属性は光属性以上に希少だからな」



 ジャスパーはジェマと話しながら、どうにか運ぶ手立てはないものかと籠に詰め替えてみる。しかし籠6つ分も取れた素材を2つの籠に入れることは不可能で、終いにはため息を吐くしかなくなった。


 その時、素材の山がコトリと動いた。ジェマとジャスパーが慌てて飛び退いて臨戦態勢を取った瞬間、素材の山の中から大量のアラクネの幼体が湧きだしてきた。真っ黒で毛むくじゃら。家に現れると煤と見間違えることもある。



「うっわぁ」


「この中のどれかが母親だったようだな。ジェマ、引いてる場合じゃないぞ。どうする?」



 ジェマとジャスパーの姿を見て慌てた様子で森に逃げ込むアラクネの幼体。ジェマはそれをただジッと見送った。ジャスパーはそれに倣うように手を出さずにジッとしていた。



「良いのか?」


「うん。幼体は素材にならないし、私がまた素材が必要になったときに成体になっていてくれた方が有難いでしょ」


「そうだな」



 ジェマの言葉にジャスパーは頷く。無意味な殺生を好まないジェマらしい答えにジャスパーは誇らしげに笑った。



「因みに、アラクネ種は幼体は全て同じだ」


「そうなの?」


「ああ。幼体期の食事によって成体になったときの色と能力が変わる。後は魔獣契約で魔力を流されることで幼体の内から色と能力が変わることもあるな」


「へえ。それは知らなかった」



 ジェマがふむふむと感心しながら聞くと、ジャスパーは得意げに胸を張った。元々森で生まれ育ったジャスパーは、森の精霊や動物、魔獣の知識が豊富だ。その意味で言うと、本だけでは学べないことをジェマに教えてくれる先生でもある。



「さぁて。どうするか」



 ジャスパーが改めて目の前の山に向き合うと、ふと1ヵ所に目を留めた。そこにはまだ1匹アラクネの幼体が残っていた。どこか興味深そうにジェマたちを見つめるアラクネ。試しにジェマがしゃがんでみると、無防備にもジェマに近づいてきた。



「警戒心がないな」


「好奇心が旺盛なのかもね」


「ふむ」



 ジェマの腕にぴょんっと飛び乗ってちょこまかと歩くアラクネ。遊んでいるかのような姿に、嬉しそうなジェマとは対照的にジャスパーの表情は厳しくなった。



「不味いな」


「どうしたの?」


「警戒心がなければ野生では生きていけない。すぐに捕食されるのが関の山だ」


「そっか」



 ジェマは寂し気に目を伏せた。ジャスパーも難しい顔で悩んだ。


 たかが1体のアラクネの幼体。それが野生の中で淘汰されようが関係ない話ではある。しかし親と行動するべき時間を奪ってしまった自覚が2人にはある。ただ野生に放つことはできなかった。



「ジェマ。物は試しなんだが」


「ん?」


「魔獣契約をしてみないか?」



 ジャスパーの提案に、ジェマは首を傾げた。


 魔獣契約はジェマとジャスパーを繋ぐ精霊契約とあまり違いはない。ただ少し契約方法が異なる。精霊契約では精霊の血を契約者が飲むことで成立する。対して魔獣契約は契約者の魔力を魔獣に流し込み、魔獣がそれを受け入れれば契約が成立する。



「精霊契約は半強制的な契約だが、魔獣契約なら双方の合意が必要な契約だ。こいつが嫌なら拒否してくれる。やってみないか?」



 ジャスパーの提案に、ジェマはアラクネを手の甲に乗せたままジッと見つめた。アラクネもジェマを見つめ返す。



「私と契約してくれる?」



 アラクネからは当然返事はない。ぴょんっと楽し気に飛び跳ねるばかり。その姿に、ジェマはふわりと笑った。



「やってみようかな。少なくとも、嫌われてはいないみたいだし」


「分かった。さっきも言ったが、アラクネの幼体なら契約後すぐに形質変化が起こる。契約者の魔力に反応して色が変わるから、ジェマの魔力適正も同時に分かるな」


「なるほど」



 魔石を使ったり魔術を操るだけなら魔力適正を知る必要はない。だから人間は魔力適正を測る術を作ろうという動きもない。ここで知ったからといって何があるわけではないが、知らないものを知れるとあってジェマの目は輝いた。



「それじゃあ、いくよ?」



 ジェマは慎重に魔力をアラクネが乗っている手の甲に集中させる。アラクネは最初驚いたように飛び上ったが、魔力の心地良い温かさによってすぐに温泉に入っているかのようにまったりと落ち着いた。


 少しずつ魔力の出力を上げる。一般的に見れば無茶苦茶な戦闘直後。流石のジェマもあまり魔力量は残っていないが、出せる限界まで魔力をアラクネに流し込んだ。



「うーん、失敗、かな?」



 しばらく魔力を流し込み続けてみても、アラクネの身体の色は変わらない。ジェマは肩を落として魔力の注力を中止した。その瞬間、アラクネの額がジェマの紋章であるフルール・ド・リスとダイヤのような宝石を組み合わせた形に緑色の光を放った。それが消えると、アラクネはピョンピョンとジェマの肩を上った。



「えっと、成功?」


「……ああ。成功だ」



 ジャスパーはいつになく歯切れ悪く答えた。その表情は強張り、眉間に皺が寄っていた。



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