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ジェマが作業場で作業を続けていると、コンコンとドアがノックされた。
「はい?」
「昼食作ったから持って行ってくれ」
「ありがとう、ジャスパー」
ジェマは作りかけのペンダントを片付けてからジャスパーの後ろをついていく。【スケールパイプ】を通って2人一緒にジャスパーの部屋に入ると、入り口を抜けたところで2人の身長は同じになる。
「やった、サンドイッチだ」
「レッドヤケイのゆで卵とトゥンヌスのオイル漬けだ。ちゃんと食えよ?」
「うん。ありがとう」
ジェマがそれを手にジャスパーの部屋を出ると、ジェマの身体が大きくなるのと同時にサンドイッチのサイズも大きくなる。自分の分を持って後ろを歩くジャスパーも、その手に持たれたサンドイッチもサイズが変わることはない。
「じゃあ、午後も店番お願いね」
「ああ。任せろ」
ジェマはジャスパーに手を振って、作業部屋に戻る。サンドイッチを食べながら、午前中に散らかしたところからスレートが残した魔術書を探し出す。山をかき分けて見つけたそれに目を通しながら、片手間にサンドイッチにかぶりつく。
「うんまぁ」
結局その美味しさに魔術どころではなくなって、今日も諦めて食事に集中することにした。
「卵ふわっふわ! トゥンヌスも美味しい!」
両手に持ったサンドイッチを交互に頬張りながら幸せに頬を緩めたジェマ。視界に入った魔術書に、懐かしむような視線を向けた。
「またトゥンヌスのお刺身が食べたいな」
まだジャスパーを拾う前。スレートの仕事の都合で海辺の街ヴェリーナを訪れたことがあった。そのとき2人で食べたトゥンヌスを始めとした刺身がジェマにとっては思い出の味になっていた。
トゥンヌスは海に生息している。同じ魚でも部位ごとに味が違う。赤い身が特徴的で、脂がのったとろけるような味わいが人気の魚だ。
「さてと。エメドさんが来る前に仕上げちゃおう」
作業場に備え付けられた流しで手を洗ったジェマは、午前中に作っていたペンダントを作業台に出した。そして最後の工程、魔石の加工を始めた。
魔石の扱いの基本は素手で行うこと。手袋を嵌めてしまうと、魔力が布に阻害されてしまう。そのほんの少しの揺らぎが魔石を用いた魔道具の錬成の成功失敗に関わる。ジェマがスレートから始めて教えてもらった魔道具の知識だった。
ジェマはペンダントの完成イメージのデザイン画を作業台に置く。それから加工前の魔石を手にすると、ペンダントの先端に付けた土台の上に乗せた。それからそこに魔力を流し込んでいく。ゆっくり、ゆっくり。丁寧に、膨大な魔力を。
緑色の光に包まれた魔石は、魔力に反応して形が揺らぐ。そして液体のように溶けたところで、ジェマはデザイン画を凝視して、そのイメージを頭の中で鮮明に思い描く。踊るように次第に形を整えていく魔石が三日月を模したペンダントトップになる。【マジックペンダント】の完成だ。
「よし」
ジェマが魔力の供給を止めると、魔石は固まる。その滑らかな表面をそっと指でなぞっても、石の材質に戻っている。
完成したペンダントトップを午前中の内に作っていたチェーンに通す。銀色のチェーンに緑色の三日月が煌めいた。
「ジェマ、エメドさんが来たぞ」
「はぁい、今行く」
完成したペンダントを満足気に見ていたジェマに、そっと顔を覗かせていたジャスパーが声を掛ける。魔石の加工作業中に集中を途切れさせれば錬成は失敗する。周囲の者も気を遣う作業だった。
エプロンを外したジェマが作業場を出ると、ジャスパーはその肩にちょこんと座った。そして短い腕を組むと、コテッとジェマの耳元に身体を預けた。
「なんか、今日はエメドさんそっくりな子どもが一緒だったぞ」
「子ども?」
聞き返したジェマは首を傾げた。けれど考えていても仕方がない。店舗スペースににこやかな笑顔で入って行った。
「お待たせしました」
「おお、ありがとうね、ジェマちゃん」
グレーの髪が印象的な、どっぷり太った身なりの良いおじさん。〈エメラルド商会〉会長のエメド・マーチャントだ。その後ろにエメドと同じくらいの身長で、エメドによく似た顔つきだがこちらは金髪の、スラッとした少年が立っていた。
「あの、そちらの方は?」
「この子は私の息子のラルドだ。小さい頃はよくラルドと一緒にここに来ていたんだよ。ラルドも先月成人したから、一緒に商売をしてやり方を教えているんだ」
「そうなんですね。ラルドさん、こんにちは」
「ああ。久しぶりだな、ジェマ」
エメドの少し高くてよく通る声とは対照的に、ラルドはまだまだ幼さの残る高い声をしている。生意気そうな話し方も年相応。商人としてやっていくには少々不安な少年だった。
「態度が悪くてすまないね。いつもはこうじゃないんだけど」
呆れたように言ったエメドは、ジェマの耳元に口を近づけた。
「ジェマちゃんに会えるって喜んでいたから、覚えていてもらえなくて寂しかったのかも」
「それは、すみません」
ジェマが謝ると、エメドはニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべたままゆるりと首を横に振りながらジェマから離れた。
「これからはこの店との取引をラルドに継ごうと思っていてね。これから仲良くしてやってくれるかい?」
「急な話ですね」
「いや、何。私もそろそろ新境地開拓といきたくてね」
はっはっは、と豪快に笑ったエメドに、ラルドは肩を落としてため息を吐いた。
「悪いな、親父はもっと商売の手を広げたいんだ」
「なるほど。その気持ちは分かります」
ラルドの話にジェマが頷くと、エメドはふくふくした頬をキュッと持ち上げた。商人としてではなく、1人の親の顔だった。
「ジェマちゃんは良い商売人になるね。そんなジェマちゃんに、今日はプレゼントを持ってきたんだ」
エメドはそう言うと、1度外の荷馬車まで戻って行った。