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ジェマは早速作業場に籠ると、商品ノートを開いた。そしてこれまでに作った武具の情報を集め始めた。
「ブライアさんが気になっていたのは鞭? それとも棘?」
どちらの可能性もある。鞭での戦闘で使う技は何? 棘を使ってより効率的にコンパクトに攻撃できる方法は何? ジェマはグルグルと考えて、自分の無知さを実感した。
「どうしよ」
ジェマはすくっと立ち上がると、スレートが唯一残した武具について書かれた書物を棚から引っ張り出した。ジェマもジャスパー同様にスレートが武具を作る姿など見たことがなかった。けれどこの書物にはスレートがこれを参考に制作をした足跡が遺されていた。
「あった」
鞭の項目を見ると、それを使った戦闘方法について記述があった。
「鞭をしならせながら振るい、相手にぶつける……え、それだけ? 他に書いてなかったっけ」
ジェマは困惑しながら鞭の項目を何度も読み返す。けれどそれ以上に戦い方について書かれているところはなかった。ジェマは書物を机の上に置くと、またジッと考え込む。
これまでのジェマはこの記述だけで満足していた。万人が使えるような武器に、それ以上の性能なんていらないから。しかし特注となれば話は変わる。その人が使いやすいものをいかにより使いやすくするかが求められる。
「暗殺。コンパクトで、きと遠距離からも至近距離からも仕掛けることがあるはずだよね」
ジェマは暗殺を知らない。けれど弱肉強食の世界で思考を凝らして獲物を狩る動物や魔獣たちの姿は身近に感じてきた。その戦法を知っていることは、ジェマにとって強みとなる。
「どうしよっかな」
鞭は中衛職が使うと書物には書かれている。ジェマには立ち位置がよく分からなかった。けれど何事に対してもポジティブに、柔らかな思考回路をしている。
「真ん中用の武器なら、距離を伸ばすことも縮めることもできるよね」
できるはず。そんな希望的観測だけでジェマは思考を深め始める。紙を取り出して、ひとまず普通の鞭を描く。それから改良の余地がありそうなところをじっくりと検討する。
「柄の部分に細工をしたら? ナイフにしてみるとか、吹矢にしてみるとか? 飛び道具を仕込んで、証拠が残って大丈夫かな」
ジェマはぶつぶつと呟きながら考え続ける。途中、ジャスパーが店番を中断して紅茶を持ってきたけれど、ジェマは気が付かない。ジャスパーも邪魔をしないように黙って静かに作業場を去った。
ジェマの手で、柄に思いつく限りの性能が追加されていく。近距離、中距離の敵に不足はないような構造、かつこれを持っている人間の傍には誰も近寄りたくないだろうと容易に想像できるような代物だ。
「さてと。あとは遠距離か」
遠距離は飛び道具にして痕跡が残ってしまう懸念がある。痕跡が残らない毒系統を仕込むこともできるが、使用者も巻き込まれる危険性がある。けれど鞭の蔓のリーチを超える距離まで影響を与えるものとなると、通常の刀を付属させるのでは意味がない。
「どーしよ」
ジェマは頭を抱えたまま机に肘をついた。そのままゆっくりと髪をかき乱す。仮の図案と睨めっこしていたジェマは、唸り声も上げながら考え込む。
「ダメかも」
ジェマはそう言うと、立ち上がって作業場内をふらふらと歩き回り始める。本棚の本を適当に手に取ってみたり、素材の棚を覗いてみたり。ちなみに棚はジャスパーの手によってすっかり整頓されていて非常に見やすくなっていた。
「やっぱり飛び道具しかないのかな」
ジェマが歩きながらぼそりと呟いたとき、ふと1つの作りかけの道具が目に留まった。スレートの生前、最後に作ろうとしていた魔道具。ジェマには続きを作ることもできなくて、作りかけのもの。
「釣り竿、か」
ジェマは魔力阻害ボックスに入れられたそれをジッと見つめる。釣り竿には魔術を付与する予定だった。際限なく餌が出てくる、餌をつけることが苦手な人でも安心な釣り竿。ホールアラクネの吐く糸で作られた釣り糸が使用されている。
ホールアラクネの吐く糸は中が空洞になっている。ホールアラクネはそこに毒や酸などの液体を仕込み、糸に絡まった獲物が糸を千切って逃げようとした瞬間に漏れ出した有害物質を身体中に回すという狩りの特性を持っている。それを利用して、その穴に餌を通したひと品。
「穴?」
ジェマは、ジッと糸を見つめる。
「糸を通して、毒。蔓の中に、空洞」
そう呟いたジェマは、恍惚とした表情でニヤリと口角を持ち上げた。
「ヴァンパイアはダンピールによる物理攻撃のみ有効。毒や魔法は無効化される」
ジェマはヴァンパイアに関する基本事項を呟きながら机に戻ると、静かに腰かけた。頭の中に浮かんだ図が消えないように、慎重な動き。けれどそれは描き始めるまでの話。
ジェマはアイデアの主要部分を紙の上に表すと、そこにアイデアの切れ端を乗せていく。さらにそのアイデアに肉付けをしていくことで、忘れないうちにアイデアを書き記すことができる。
「連結?」
ジェマはさらにアイデアを詰め込んでいく。そうして、誰も見たことがない道具のイメージが構築されていく。