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ブライアが店を去ると、ジェマは机に突っ伏した。
「はぁぁぁぁ」
「お疲れさん」
「ジャスパーァ」
泣きつくようにジャスパーにしがみつくジェマに、ジャスパーはやれやれと呆れながらも頭を撫でてやった。
「それで? どうする?」
「うーん、ブライアさんが興味を持っていたものを基準にして作ってみようかなって」
「興味を持っていたもの?」
ジャスパーが聞き返すと、ジェマはのそりと立ち上がって武具のコーナーに向かった。そして数多の種類がある武具の中から鞭を取り上げた。鉄線に棘を張り巡らせた、薔薇の蔓のような美しい鞭だった。
「これ、じっくり見てたんだよね」
「うわぁ、趣味悪」
ジャスパーが思わず本音を漏らすと、ジェマは苦笑いを浮かべた。棘に気をつけながら鉄線に触れると、指からツーッと血液が流れる。
「おい、切れてるぞ」
「凄いでしょ」
「馬鹿者。手当するからこっちに来い」
ジャスパーはジェマをカウンターまで誘導すると、そこに置いてあった救急箱から消毒とガーゼを取り出した。ガーゼは【ヒールコット】が織り込まれた治癒効果がある優れものだ。
「それで? 鞭に改良を加えるのか?」
「とりあえずは」
ジェマはジャスパーの手際に目を奪われながら答える。鞭にどれだけの改良を加えるかによって、残金の使い道も変わる。試してみたい武具は多い。
「にしてもジェマ。どうしてそんなに武具に力を入れるんだ? スレートはあまり作りたがらなかっただろ?」
「うーん。あまり良い物ではないけどさ、道具師としてスキルを積むには必要なことなんだよ。それに冒険者や護身のためには必要なものだから。私は細かい作業が得意な分、作れるものの幅も広い。それを活かさない手はないと思うんだ」
「だが、王族連中に目をつけられてしまったらどうする?」
ジャスパーは苦虫を潰したような顔でジェマを見つめる。何度も襲われた記憶は褪せることなくジャスパーの脳裏に焼き付いていた。スレートの高い技術力を手に入れようとする欲の塊のような人間たち。ジャスパーはあの目を見るだけで反吐が出そうだった。
「追い返すしかない。私は絶対にお父さんと同じ所有者固定魔道具師になるの。そのために必要な技術は付けていくつもり」
道具師は特定の技術を高める必要があるが、その前提として基本的なものを作ることができるようになる必要がある。家具や日用品、防具や武具から装飾品まで。その技術を磨き、ギルドに商品数と精巧さを認められて初めて1人前の道具師と認められる。
1人前の道具師になることができなければ、いくら魔術の付与を鍛えても魔道具師になることはできない。たくさんの商売人を抱えるギルドから超えてもらいたい壁を設定されていることは、どこのギルドでも変わらない。ジェマはその壁を越えて先に進むことが目標を達成するために必要だった。
「必要なことだとは分かってる。ただ、そこまで技術を高めなくても良いんじゃないかと思うだけだ」
ジャスパーの心配も最もだ。基本さえこなせればギルドは認めてくれる。突飛なものを開発する必要はどこにもない。けれどジェマは、目をキラキラと輝かせた。
「技術はあって困るものじゃないって言うけど、困っちゃうこともあるでしょ? だけど自分ができることの幅を知っておくことは必要なこと。だからね、お客さんが少なくて技術があることを知られる前に、できる限り技術を高めて自分ができることを1つでも多く知りたいの」
今ならまだ、ジェマの技術力を認める人間はラルドくらいしかいない。実験をするなら今しかなかった。
「確かに、必要なこと、なんだよな」
ジャスパーは頭を抱えて考え込む。必要だと分かっていても、ジェマの身の安全がジャスパーにとっては何よりも大切だった。父親代わりとして、当然の感情だった。
「分かった。ジェマは今のうちにたくさん頑張っておけ。ジェマに何かするようなやつがいれば、我が追い払ってやる」
「ありがとう、ジャスパー。私も、少しでも戦えるようになるからね」
「え、いや、うーん。そうだな、それが良い。良いとは思うが……」
ジャスパーはさらに頭を抱えてしまった。ジェマが言うことは間違っていない。自分でも身を守ることができるに越したことはない。頭では分かっている。けれどジェマにそれをさせることを感情が嫌がる。
大事に大事に。壊れないように守りたい。
契約者であり、娘のように思っているジェマ。ジェマを守るとスレートとも約束した。ジャスパーにとって、ジェマを守ることこそ生きる意味だった。
「分かった。我が稽古をつけよう」
「ありがとう!」
ジャスパーの提案に、ジェマはパァッと笑みを浮かべた。ジャスパーはその笑顔にため息を吐きながらも自分に気合を入れた。
ジェマが夢を叶えるために必要なことなら躊躇うことなく突き進むように、ジャスパーもジェマを守るために必要なことはなんでもやってやる。昔決めた覚悟を改めて強く固め直して、ジャスパーはふよふよと飛び上った。
「これから作業に移るのか?」
「うん。まずは設計図から書いてみようと思う。その上で素材が足りなかったら採取に付き合ってくれる?」
「当然だ」
ジャスパーが頷くと、ジェマはニッと笑って作業場の方に走り出した。