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 ジェマは男を店内に設置してある机と椅子に案内した。そして机の中心に設置されたボタンをポチッと押すと、そこからシュルシュルと支柱が伸びる。それが最大値まで伸びると、支柱の頭に付いていたボールが開いて中から中は黒、外は白い垂れ幕が溢れた。それは机と椅子を囲うように広がると、簡易的な個室を完成させた。



「おぉ、これは凄いね」



 男がこの店に来て初めて警戒の色を見せる。ジェマは安心させるように微笑むと、垂れ幕にそっと触れた。



「この垂れ幕には隠蔽効果のある【シークレットシルキー】を素材として使用しているので、声が外に漏れることも外から中を覗かれることもありません」


「だけど普通、中から外を伺うこともできないよね?」



 そう、男が言う通り、【シークレットシルキー】を普通に加工すれば外からも中からも互いの様子を知り得ることは不可能だ。



「こちらは私の父が制作したもので、布目を荒くした上で中と外で布の色を変えているんです。それによって外からは見えずに中からは見えるという構造を成立させています」


「荒い構造のせいで声が外に漏れることは?」


「【シークレットシルキー】を溶いた透明な樹脂で布全体を薄くコーティングしているので、防音効果が劣ることはありません」



 ジェマの説明に、男は感心した様子で頷いた。この説明が正しいか間違っているかなど、素人目には分からない。けれど男は暗殺者。目利き力は商人に引けを取らない。



「それでは、依頼をお伺いいたします。まずはお名前から」


「うん。僕の名前はブライア。種族はダンピールだ。さっきは冒険者といったが、暗殺者ギルドにも所属している。まあ、ダンピールらしくヴァンパイア狩りが仕事だね。これ以上ヴァンパイアを野放しにしておくと、人間が全員ヴァンパイアの血族にされかねないから」



 ブライアはそう言ってにこやかに微笑む。ジェマもブライアの正体とその微笑みに安堵して肩の力を抜いた。


 ブライアの言うことは間違っていない。ヴァンパイアは食事と称して人間から血液と共に生気を吸うと、代わりに魔力回路を与える。ヴァンパイア特有の魔力回路を得た人間はヴァンパイアとなり、自身も生気の欠乏を満たすために人間の血を求める。


 純血のヴァンパイアも元人間のヴァンパイアも、放っておけば鼠算式に血族を増やしていく。その抑止力となるのがダンピールだった。


 ヴァンパイアが吸血ではなく人間と交わった結果生まれるのがダンピール。つまりはヴァンパイアと人間のハーフだ。ダンピールは吸血鬼側の遺伝子が強いと生まれてすぐに死んでしまう。しかしごく稀に人間側の遺伝子が強かったときに生き永らえる者が現れる。


 ヴァンパイアの居場所を察知するスキルを持って生まれるダンピールは、人間では殺すことができない不死者であるヴァンパイアを殺す力をも持つ。それゆえに暗殺者ギルドからヴァンパイア狩り専門で雇われることは珍しいことではない。



「マジフォリア王国ではダンピールによるヴァンパイア狩りは合法。なんなら推奨すらされている。だから他国では生きにくいダンピールはここに集まるし、ヴァンパイアは逃げていく」


「けれど年に1度ヴァンパイアの集会が開催されるブラッドの館はこのマジフォリア王国にしかない。ですよね?」


「へぇ? 良く知ってるね。集会に参加しないヴァンパイアはヴァンパイアたちの手で制裁される。だからみんな、人間に紛れて街を歩く。けれどそこをダンピールたちで判別して間引きを行う。まあ、全世界からこの国が任せられた重要な任務でもあるから、僕たちも失敗は許されない」



 どこの国も倫理を説いて自国でのヴァンパイア狩りは認めない。しかしヴァンパイア狩りを行わなければならない現実は変わらない。だから他国はこぞってマジフォリア王国に協力関係を持ちかける。マジフォリア王国が戦力を高めながらも長く戦争をしていない中立国家である理由の1つがそこにあった。



「というわけでその依頼で使う武器を新調したいんだ。僕は今まで魔石を付与した短剣を使っていたんだけど、これが短剣とはいえ目立つから暗殺には不向きでね。さっきのマカロンみたいにそれっぽくないものか、よりコンパクトで目立たない武器が欲しいんだ」


「魔石の付与はどうしますか?」


「うーん。魔石はなくていいや。ヴァンパイアに攻撃魔法は効果がないし。いつも使っているのも隠蔽魔法の魔石だから」


「なるほど」



 武器っぽくない武器。魔石を使わずに確実に獲物を狩るための道具。普通の道具師では歯が立たないような難解な依頼。けれどジェマは思わず口角を持ち上げた。



「承知しました。期間と予算はいかほどにしますか?」


「期間は1週間。予算は大金貨1枚分」



 武器で大金貨1枚分といえば、プラチナ級冒険者や騎士団長クラスが使用する武器と同等だ。初見の道具屋でそんなものを注文する客は普通いない。



「何種類かの作成希望ですか?」


「うん。可能な限り作ってみて欲しい。その中で使えそうなものを選ぶから」


「承知しました」



 ジェマは注文を手元のメモにサラサラと記入していく。ブライアはその間にまた店内を見回すと、興味深そうに笑みを深めた。



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