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ダンピールブライア


 翌朝、朝食を食べ終えた3人とジャスパーはそれぞれの仕事をするために行動を始める。ジェマとジャスパーは開店準備、ラルドは商会へ、シヴァリーは別荘へ向かう。



「それじゃあ、また来る」


「お世話になったね。また来るよ」



 街へ向かうラルドと森の奥へ向かうシヴァリーをそれぞれの方向へ見送ったジェマは、ジャスパーと共に在庫の確認を始めた。



「ジェマ、【パワーアップくん】の在庫取ってくる」


「ありがとう。ついでに【クレンズキャンティーン】も作ったのあるから持って来てくれる?」


「分かった」



 ジャスパーが作業場に飛んでいくと、ジェマはカチャカチャと音を立てながら武具の在庫チェックを進める。


 カランカラン


 入り口のベルが鳴って、ジェマは肩を跳ねさせた。



「ごめんなさい、まだ開店前で」



 振り向きながらそう言ったジェマは、相手の姿を見た瞬間にパタリと言葉を止めた。知り合いではない。けれどオーラと匂いで相手が何者か分かってしまった。



「わっ、ごめんね! そっか、まだ開いてなかったかぁ。ごめんごめん。開くまで外にいるからね!」



 小柄な男は自己完結するとパタパタと店の外に出て行った。これにはジェマもポカンと口を開けたまま固まった。



「ジェマ、持ってきたぞ、って、どうした?」



 フリーズしているジェマに近づいたジャスパー。そのときツンと感じた鉄の匂いに顔を歪めた。



「暗殺者か?」


「多分」



 ジェマが震える手を抑え込むと、ジャスパーはその手に蹄を重ねた。


 暗殺者ギルドに所属している暗殺者たち。裏社会で生きる人間も、太陽の下で普通に買い物に来ることはある。ジェマは初めての経験だが、スレートは何度もそれを経験していた。


 彼らは人の良い顔が上手い。だから人間社会で普通に生きていける。けれど精霊や精霊が見える人間は大抵そのオーラと匂いで相手が命を刈り取る者だと察知できた。



「どうする?」


「気が付いてないふりで接客するしかないだろうな。我も傍に控えていよう」


「ありがとう。よろしくね」



 ジェマはジャスパーの鼻先をちょんっとつつく。ジャスパーはそれにふんっと鼻を鳴らして応えた。



「じゃあ、開店しようか」


「ああ」



 ジェマは深呼吸をして入り口を開ける。リニューアルオープンの初日くらい緊張しているせいで、手が震えていた。それでも顔には笑顔を讃える。



「お待たせしました。〈チェリッシュ〉開店です」


「待ってました!」



 ノリ良く愛想良く。ニコニコと笑いながら店内に入ってきた少し幼い雰囲気の青年。これで裏家業の人間です、なんて信じられない人の方が多いだろう。



「お困りのことがあればお声掛けください」



 ジェマは得意の営業スマイルで一礼して、定位置であるカウンターに引っ込んだ。それからラルドが書き残してくれた適正価格の一覧を確認する。評価額に見合わないものは価格調整をする必要があるけれど、これがそこそこな量がある。ジェマは天を仰いだ。


 これから待っている作業もそう。けれど他にも胸に来るものがある。ジェマは材料費と製作費から計算していたけれど、ラルドは需要と供給まで計算に組み込まれた評価をする。それを見ると勉強の甘さを認識せざるを得なかった。


 ジェマは技術の勉強はしていたけれど、商売の勉強はあまりして来なかった。スレートの販売術や商売で大切にしていることは見て知っていたけれど、それも全てではない。



「もっと頑張らないと」


「あの」


「はい!」



 独り言を漏らした瞬間に声を掛けられたジェマは、驚きながらも慌てて顔を上げる。気配無くジェマの前に立った男は相変わらずニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべている。



「びっくりさせてごめんね? 僕、これでも冒険者なんだ。それでちょっと面白い武器を探していたんだけど、これ、どういう武器か教えてくれない?」



 男が持っていたのはマカロン。同じ名前で作られているお菓子と同じ形をしていて、お菓子ならばクリームが入るところに細い糸が巻き付けられている。糸の先端の輪を指に引っ掛けて、マカロン本体を投げる飛び道具だ。



「ここの輪に指を入れてもらって、後は投げるだけです」


「へえ、これをどうやって武器として使うの?」


「糸使いの方の戦闘方法と近いです。ただ、こちらの方が糸が太いですし、本体の存在感もあるので隠して使うことには向きません。ですが重みがある分コントロールがしやすくて、手元に戻すことも簡単です」


「つまり、糸使い初心者向けってこと?」


「そうですね。他には罠に利用したり、手元で投げて跳ね返って来るのを楽しむ暇つぶしとしても利用できます」



 ジェマが暇つぶしの部分を特に力説すると、男は目を丸くした。そしてその純粋さにケラケラと笑い出した。馬鹿にしているというより、幼い子どもの無邪気さに癒された大人の笑い方だった。



「それは良いね。うん。これをもらおうかな」


「ありがとうございます。300マロになります」



 ジェマが言うと、男は麻袋から銅貨を300枚取り出した。その袋もパンパンに膨らんでいる。ジェマは前日のラルドとシヴァリーとの会話を思い出したけれど、接客中だと慌てて思考を振り払った。



「それから、受注生産は受け付けてる?」


「はい。受け付けています」


「そっか」



 男はそう呟くと、カウンターに肘をついた。



「それじゃあ、1つ注文を受けてくれないかな?」



 男のいたずらっ子のようでありながら闇の深い笑み。棚の陰から覗いていたジャスパーは寒気を感じて身体を震わせた。



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