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シヴァリーは【パワーアップクン】を1瓶お買い上げ。130マロ、銅貨130枚というのもお手軽な価格でちょうど良い。
「それにしても小銭ってかさばるよな」
随分と銅貨が減った麻袋製の財布を、渋い顔でシャラシャラと振るシヴァリー。その姿にラルドは苦笑いを浮かべた。
「銅貨1枚で1マロ、銀貨1枚で500マロ、小金貨1枚で3000マロ、大金貨1枚で15000マロだからな。価値の幅があり過ぎて持ち運びが面倒だ。俺も商売の都合上おつりの受け渡しや両替ができる分持ち歩かなければならないが、盗賊の類も厄介だ」
「ああ。貴族たちは金貨ばかり使って買い物をするやつも多いだろ? 昔上級貴族出身の部下と買い物に行ったときに店の主人たちには嫌な顔をされたものだ」
「当然だな。釣銭用の銅貨や銀貨を運ぶ馬車は盗賊の絶好の獲物だ。近くの街の商人ギルドに依頼を出しても途中で襲われて届かないなんてことはザラにある」
シヴァリーとラルドの会話に、ジェマはふむ、と考え込む。ジェマはこれまで貴族とやり取りをしたことがない。大抵の街の人間はちょうど持って来ていることが多いし、ラルドもきっちり払ってくれる。だから釣銭に困ることもない。
しかし話を聞けば確かに財布として使っている麻袋の大きさと重さに注意が向く。もしももっと軽くて小さい財布にたくさん入れることができたら。軽くて丈夫だからと主流になっている麻袋以外にも、もっと洒落た財布が作れるかもしれない。
「何か良い案が見つかれば作れるんだけどなぁ」
ぼそりと呟かれたジェマの声に、ラルドとシヴァリーは顔を見合わせた。そしてラルドは疑念と期待の両方が籠った目でジェマを伺う。
「まさか、財布を作るのか?」
「アイデアが浮かべば、ですけど。できる限りやりたいとは思っています」
ジェマの返事に、ラルドは目をギラリと輝かせた。
「分かった。もしもアイデアが浮かんで必要な素材があれば頼れ。どんなものでも用意してみせよう」
「ありがとうございます。その後の販売もよろしくお願いします」
「当然だ」
ラルドとジェマは堅く握手を交わす。その姿を見ていたシヴァリーは、肩の力をフッと抜いてジェマに微笑みかけた。
「ジェマさんは本当に凄い道具師なんですね」
「いえいえ。まだ駆け出しですから。それから、私にも敬語は使わなくて良いですよ。その方が楽でしょう?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ジェマ、君は自分で言うよりも優れた道具師だ。きっとスレートさんのように大成するのも時間の問題だろうな」
シヴァリーがそう言って微笑むと、ラルドの瞳がキッときつく細められた。シヴァリーは肩を竦めると、ラルドに笑いかけた。
「心配しなくても、ジェマのことを国に報告するつもりはない。確かに最初はその義務があると考えたが、それではジェマの平穏な暮らしや自由な発想を守れない。恩人を売るほど、僕は落ちぶれちゃいないさ。むしろ、その逆だ」
「逆?」
ジェマが聞き返すと、シヴァリーは頷いてその場に跪いた。
「もしもスレートさんのときのようにジェマを無理やり国に服従させようとする者が現れたなら。僕はこの命を賭して君を守ると誓う」
シヴァリーの真剣な瞳にジェマは目を白黒させる。何も言えないジェマの様子を見たラルドは、厳しい目をシヴァリーに向けた。
「国に仕える王国騎士が、国を治める王族を裏切ってたった1人の民を守ると?」
ラルドの煽るような口ぶりに、シヴァリーはフッと自信と強い信念の籠った不敵な笑みで返す。
「王国騎士は王族ではなく民のための組織だ。まあ、近衛騎士は知らないが」
軽蔑するように吐き出された言葉。近衛騎士は王族1人1人に忠誠を誓っている。勅令を遂行するためであれば民を害することも厭わない。特に王妃と第1王女、第1王子付きの近衛騎士という立場は、平民出身の騎士にとっては不名誉な存在であった。
「そういえば、この森で仕事をしているってことは噂の第2王子がいる別荘の警護をしているんだろ? 近衛騎士ではないのか?」
ラルドが聞くと、シヴァリーは苦笑いを浮かべて首を横に振る。ジェマはポカンとしていたけれど、ラルドから聞いた話を思い出して1つ頷いた。
「第2王子付きの近衛騎士は存在しないから、僕が率いている部隊が警護しているんだ。ラルドは第2王子の異名は知っているか?」
「ああ。眠り王子だろ?」
「そう。第2王子は強力な闇属性の魔法使いだ。眠ることで魔力を練り、闇で近付くもの全てを眠らせてしまう。だから近衛騎士を配置することもできない。まあ、第2王子は守る必要もないほどお強い。自身に降りかかる火の粉は全て眠らせてしまえば良いからな」
シヴァリーはそう言いながら、買ったばかりの【パワーアップクン】の瓶を見つめる。
「だからこそ、眠ることなく任に就くことができれば第2王子付きの近衛騎士になることができる可能性がある」
「なりたいのか?」
「現在王位継承権を持つ3人の王族の中で最も実力と判断力、政治力があるのは第2王子だ。取り入っておいて損はない」
フッと表情を和らげたシヴァリーに、ラルドはニヤリと笑って手を差し出した。
「少なくとも、俺はお前を信用しよう」
「ありがとう」
「私も信用しますよ。森でお仕事があるなら、またうちの店にも来て欲しいですし」
「ええ、もちろん」
ラルドと握手を交わしたシヴァリーは、ジェマとも握手を交わす。いつの間にか消えた重苦しくギスギスした空気。ドア越しに聞き耳を立てていたジャスパーは窓からふよふよと外に出て、店の中に回り込んだ。
「そろそろ休まないと明日の仕事に支障が出るぞ」
ジャスパーの言葉にジェマが慌てて時計を見ると、そろそろジェマがいつも寝ている時間。ジェマはラルドとシヴァリーにニコリと笑いかけた。
「お2人も今日はお休みください。それでは、おやすみなさい」
2人がジェマの部屋に行くのを見送って、ジェマは欠伸を漏らす。そしてジャスパーと共にジャスパーの部屋に入って行った。
2024.07.05の更新はお休みします。