5
ジャスパーがジェマの部屋に入ると、シヴァリーがベッドの上で寝転がりながらぼんやりとしていた。
「邪魔するぞ」
「はい……っと、精霊?」
シヴァリーはジャスパーの姿を認めるとゆっくりと身体を起こした。
「ああ。黒ブタの精霊、ジャスパーだ」
「なるほど、ジェマさんはジャスパーさんの契約者なんですね」
「ああ。我の契約者はジェマとスレートだ」
「スレート」
ジャスパーがわざと出した名前。シヴァリーは明らかにその名前に反応した。
「知っているか?」
「はい。噂には。村はずれの道具屋にはとんでもない腕の職人がいると。国でも有数の所有者固定魔道具師だと聞いています。もしかして、ジェマさんのお父さんがスレートさんなんですか?」
「ああ。技術は似ても似つかないが、心優しさはそっくりだ」
ジャスパーはあえて誤解を生む言い方を選ぶ。技術の方向性が違うだけ。それをあえてそう言うことで、ジェマから意識を逸らしたかった。
「本当に、優しい方ですよね。見ず知らずの私の心配をしてひと晩泊めるとすら言ってくださいましたから」
「そうだな。ジェマはお人好しなんだ。父親によく似てな」
ジャスパーの言葉にシヴァリーは黙り込んだ。その沈黙の意味は分からない。けれどジャスパーはひと仕事終えたことにホッと息を吐いた。
そしてふよふよとシヴァリーの甲冑に近づく。そのマントを注意深く観察した。見慣れた紋章ではない。月が足りない。ジャスパーはそれに少しだけホッとして、けれどやはり王国騎士であることに違いはないと警戒を強めた。
「そうだった。ご飯のことを聞きたかったんだ。どんなものならば食べられそうだ?」
「ジェマさんの看病のおかげですっかり良くなりましたから、普通に食べられます。アレルギーもありませんから、お気になさらず」
「そうか。それならいつも通り作らせてもらおう」
ジャスパーは会話をしながら、今度はシヴァリーの周りをふよふよと飛び回る。シヴァリーは気にすることなく微笑むだけだった。ジャスパーはその態度になんだか嫌な気分になってパッとシヴァリーから離れた。
「シヴァリーはスレートと会ったことがあるか?」
「スレートさんとですか? ありませんよ。ですが、スレートさんが作ったという商品を見たことがあります。騎士団長の魔剣はスレートさんが騎士団長のために打ったものだとか」
「魔剣?」
ジャスパーはその話を聞いたことがなかった。ましてや一国の騎士団を束ねる長に向けてなんて。争うことが嫌いなスレートは、そもそも武具の生産をあまりしてこなかった。冒険者向けの防具を中心に、身を守るための魔法を付与した【マジックステッキ】くらいしか進んで作ることはなかった。
スレートが遺した商品ノートにも武具の関係の記載はほとんどない。スレートが父親と同じ道具師になると決めてこの道に進んでから、全ての商品について書き記してきたとジャスパーは聞いている。
武具に関して言えば、スレートよりもジェマの方が豊富な種類を制作しようとしている。そしてその知識も豊富だった。それはスレートの書庫に攻撃用の武具の制作について細かく記された書物があったから。
「あの書物」
ジャスパーはその書物の存在を思い出した。剣や槍などの攻撃用の武具を作らないならば不要な本。防具の本とは別に購入されていた本。ジャスパーはこの家に来てから初めてその書物の存在を不思議に思った。
ジャスパーがこの家に来る前から存在していた本。ジャスパーは無性にその書物の存在が気になってきた。
「書物、ですか?」
シヴァリーは不審そうに眉を顰める。ジャスパーは下手なことを言ってしまったと口を噤んだがもう遅い。すぐに頭を回転させた。
「いや。魔剣の制作について書かれた書物があったんだが、スレートが生前に廃棄してしまったことを思い出してな」
「スレートさん、お亡くなりになられたのですか?」
「……ああ、2ヵ月前に」
ジャスパーはスッと目を細めて答えると、ゆるりと人懐っこい笑みを浮かべた。
「騎士の人たちもお客さんだった人たちは何人もお墓参りに来てくれたんだ。あれは嬉しかったな」
「そうなんですか」
シヴァリーはただ頷く。けれどジャスパーはこれで確信した。シヴァリーは何かを狙ってここに来た。そしてそれはそのスレートが作ったという魔剣に関わるものだと推測した。
「もしもスレートが作った魔剣なのであれば、1度見てみたいものだな。スレートの技術を、また感じたい」
その言葉に嘘はない。ジャスパーはにこりと微笑んで、シヴァリーから逃げるようにふよふよとドアの前に戻る。そしてふんっと鼻を鳴らすと、もう1度遠くからシヴァリーを見据えた。
「誰であろうと、ジェマを傷つけるようなら容赦はしない。それだけは伝えておこう」
「承知しました、ジャスパーさん」
シヴァリーは驚く素振りもなくジャスパーの言葉を受け止めると、穏やかに微笑んでひらひらと手を振った。ジャスパーは手早くドアを閉めるとふよふよと作業場に向かった。