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「ただいま帰った」



 帰ってきたジャスパーは、パンパンに膨らんで自分と同じくらいの大きさになった麻袋を担いでやけにご機嫌だった。けれどラルドの存在に気が付くと嫌そうに顔を顰めた。それはジェマがラルドの前では精霊が見えることを悟られないようにしているからだった。



「ジャスパー、おかえり」


「え?」



 けれどジャスパーの予想を裏切って、ジェマはジャスパーに声を掛けた。ラルドは訝し気にジェマが見つめる視線の先を追った。ジャスパーが思わず麻袋を落とすと、その音がした方にラルドの視線が動いた。



「なんだこれ」



 ジャスパーを視認することはできなかったけれど、意識の中に入ってきた手のひらサイズの麻袋を見ることはできた。ラルドがそれを拾って中を覗くと、そこには数えきれないほどの錬金魔石がびっしりと詰まっていた。緑色の透き通った輝き。ラルドはそれを太陽の光に翳した。



「これは、本物の錬金魔石だな。どうしてこんなものが突然」



 注意して周囲を見るけれど、ラルドにはジャスパーの存在が認識できない。ジャスパーはジェマの肩、いつもの定位置に飛んで行った。



「ラルドさん。我が家には、ジャスパーという精霊がいます」


「精霊が?」


「はい。家事ができない私の分もご飯を作ってくれたり、作業の手伝いをしてくれたり。兄弟のように育ちましたけど、2人目のお父さんみたいな存在なんです」


「ジェマ……」



 ジェマの言葉にジャスパーは瞳をうるうると潤ませた。対してラルドは訝し気な顔になったけれど、手の中にある麻袋と先ほどの話を思い出してため息を零した。



「分かった。信じよう。その精霊は今どこに?」


「私の肩の上です」



 ジェマがジャスパーの居場所を指差すと、ラルドはコツコツと歩み寄る。そしてグイッと顔を近づけた。



「この辺りか」


「えっと、はい」


「俺はラルドだ。よろしく」



 ラルドの焦点が正確にジャスパーを見つめることはない。けれどその行動にジャスパーはふんっと鼻を鳴らした。そっぽを向いたけれど、攻撃をすることはない。



「商人としての腕は立つからな」



 ジャスパーの呟きはラルドには聞こえない。そしてジェマにも聞こえていなかった。



「あ、あの」



 ジェマはおどおどして目を回していた。ラルドが無遠慮にパーソナルスペースに入り込んだことに思考が追い付かなかった。ラルドはジェマの状況をすぐに理解すると、ジェマの髪をさらりと撫でてからゆっくりと離れた。



「悪かった。しかし、これくらいのことでそのような反応をするなら、ジャスパーと同居しているとはいえ見知らぬ男を宿泊させようなんて考えない方が良いぞ」


「男? 宿泊?」



 話に付いて行けないジャスパーに、ジェマは手短に現在の状況と今夜ラルドとシヴァリーを泊まらせることを伝えた。



「王国騎士だと?」



 ジャスパーの目がキッとつり上がった。その怒りに燃える表情に、ジェマは思わず身を竦ませた。



「あんな奴ら、行き倒れようが野垂れ死のうが、どうでも良いだろ」



 憎しみと悔しさが滲んだ声が吐き捨てられた。ジェマはジャスパーのそんな顔を見たことがなかった。声を聞いたことがなかった。けれどジャスパーの気持ちは痛いほど分かった。



「確かにお父さんのことを何度も襲った人たちの1人だけど、お父さんも言っていたでしょ? 助けられる人はみんな助けるって」


「それはっ! それはそうだけど!」



 ジャスパーは納得がいかない様子で鼻息を荒くする。



『助けていれば、いつかきっと、僕もジェマも、もちろんジャスパーも。平和に暮らせると思うんだ。味方は多いに越したことはないからね』



 ジャスパーはスレートの言葉を覚えていた。スレートは心からジェマとジャスパーの身を案じていた。それゆえに、亡くなった日もジャスパーをジェマの元に残して1人で素材採取に向かった。ジャスパーはあの日のことをずっと悔いていた。


 もしも自分にもっと力があったら。もしもスレートの命令を無視してでも一緒に行っていれば。あり得もしないたらればを並べ続けていた。それが呪縛のようにまとわりついて、ジャスパーを苦しめていた。



「お父さんは王国騎士が相手でも、お客さんであれば笑顔で対応していたでしょ? 私も、1人の人が困っているなら助ける。そういう人になりたい」



 ジェマの考えは立派だ。けれど立派な答えがいつでも正しいわけではない。ジャスパーと、そしてラルドもそれを感じていた。



「まあ、とにかくお仕事の話をしましょう」


「ああ。分かった」



 ラルドは半ば諦めた様子で頷いた。



「最悪、俺が守る」



 その小さな呟きをジャスパーだけは聞いていた。ジャスパーはジッとラルドを見つめると、ジェマの肩からひょいっと飛び上った。



「ジェマ、我はその騎士とやらの様子を見てくる」


「分かった。私はここでラルドさんとお仕事の話をしてるね」


「ああ。【マジックペンダント】は装備しているな?」


「うん。大丈夫」



 ジェマは服の上から【マジックペンダント】に触れた。風属性の低位魔法が付与された魔法石を使ったそれ。ジェマの魔力があれば大きめの一撃を食らわせることができる。


 ジャスパーはジロッとラルドを見ると、ため息を漏らしてふよふよとジェマの部屋に飛んで行った。



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