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 ジェマがもう1度タオルを濡らして冷やす。そしてそのタオルがまたぬるくなってきたころ、男の熱が下がった。



「すっかり下がりましたね。やっぱりレーパズさんの力に当てられていたようです」



 ジェマはそう言いながら男の額に触れる。その感覚で意識が浮上したらしい男は、小さく身じろぐと眉がゆっくりと持ち上がる。それに合わせるように瞼が持ち上がるのをジェマは興味深そうに観察していたけれど、すぐにハッとして男の顔を覗き込んだ。



「気分はどうですか?」



 男はゆっくりと身体を起こす。そしてしばらくジッと身を固くしていたけれど、その内に1つ頷いた。



「すっかり良くなったようです」


「それなら良かったです。念のため今日は休んでください。もしもここで休むようなら、部屋も貸しますから」


「え」



 ラルドが声を漏らしたけれど、ジェマにも男にも聞こえていなかった。とんとん拍子に話が進んで男がここに1泊することが決定した。ラルドは慌てて、ジェマの肩に力強く手を置いた。



「俺も泊まる」


「良いですけど、お店は大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」



 食い気味に答えたラルドに、ジェマの肩が跳ねる。ジェマはポカンとした顔でラルドを見ていたけれど、ゆらゆらと笑うと頷いた。



「分かりました。では、お兄さんは寝ていてください。ラルドさんはお店に行って、発注の相談をしましょう」


「ああ」



 ラルドが頷いてジェマと部屋を出て行こうとする。



「あの、待ってください」



 男はその背中を呼び止めた。ジェマとラルドが振り向くと、男は居ずまいを正した。



「その、自己紹介がまだでした。私は王国騎士のシヴァリー・ケリーです。平民出身なので身分は気にしなくて大丈夫です」


「平民出身ということは、相当強いんだな」


「その自負はあります。これでも1小隊の隊長ですから。まあ、森で迷ってこのざまですが。改めて、助けていただいてありがとうございます」



 貴族ばかりの騎士団で1小隊の隊長に平民の身分から選ばれることは滅多なことではない。一目置かれて然るべき人材だ。シヴァリーが頭を下げると、ジェマは安心させるようにふわりと微笑んでみせた。



「私はこの店、道具屋〈チェリッシュ〉の店主のジェマ・ファーニストです」


「俺は〈エメラルド商会〉のラルドだ。まあ、とにかく寝てろ。じゃあな」



 ラルドはジェマの背を押して部屋を出る。ジェマはされるがままだったけれど、ラルドが部屋のドアを閉める前にシヴァリーと目が合った。シヴァリーは微笑んでいたけれど、ジェマは背筋が冷えた気がした。



「ジェマ、アイツには気を付けろ」



 ラルドの言葉に、ジェマはたった今感じたばかりの悪寒を思い出す。



「父さんから聞いてる。王国騎士はスレートさんを狙って何度もここを襲撃していたんだろ? ジェマには腕がある。同じことになる可能性はないとは言えない」


「そう、ですね」



 ジェマの脳裏にはかつての記憶が蘇った。何度も何度も店を壊し、スレートを連れて行こうとする騎士たち。そのマントのマークはなんだったか。フルール・ド・リスと。



「月の紋章」


「月?」



 どうにか思い出したジェマが呟くと、ラルドは訝し気に眉を顰めた。



「フルール・ド・リスと月の紋章。これが誰の紋章か知っていますか?」



 ジェマの問いかけに、ラルドは大げさなほど目を見開いた。そしてジェマの顔をジッと見つめると、本気の質問だと判断してため息を零した。



「本当に不思議なやつだな。良いか? フルール・ド・リスと月の組み合わせの紋章を持つ人なんて、この国に住んでいる人間なら誰でも知っているぞ」



 そんな皮肉を言っておきながら、ラルドはジェマが顔を伏せると分かりやすく慌てて咳払いをした。



「王妃様だ。この国の王妃、メアリー・マジフォリア様の紋章がそれだ」


「王妃、様」



 スレートを狙っていたのは王妃直属の王国騎士たち。それはつまり、本当にスレートを求めていた人物が王妃であることを十分に示している。



「王家の分家の出身で、野心家でわがまま放題な人って話だ。子どもは全部で3人。第1王女のカタリナ様、第1王子のゼロス様、そして第2王子のヒュプノス様。王位の継承は出生順だから、王位継承権1位は残念ながらカタリナ様だ」


「残念?」



 ジェマが聞き返すと、ラルドは肩を竦めて呆れた素振りを見せた。



「母親である現王妃様とそっくりな顔と性格で、こっちもわがまま放題の野心家だ。現国王の平和平等主義な考え方に反発する連中は応援しているが、国政が荒れることになるだけだ」



 店に入ったジェマは、ラルドの話にジッと考え込んだ。


 王妃と王女が似ているなら、王女も恐れることなく森に飛び込んで来るだろう。危険な魔物や動物が多く生息しているこの森に。もしもジェマが2人に目を付けられるようなことになれば、2人は兵を挙げてまた出撃してくる。



「なるべく慎ましく生きよう」


「こんな辺鄙な場所、住んでるだけでも十分慎ましい」



 ラルドはそう言って片方の口角を持ち上げた。ジェマが何か言葉を返そうとするけれど、ラルドは商品のリストに目を通し始めてしまっていた。こうなると無駄話は好まれない。ジェマが静かにラルドが目を通し終わるのを待っていると、少々荒々しく、勢いよく店の入り口のドアが開いた。



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