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土の器の最下層には空洞。その上に細かい穴が開いた仕切りがあって、浄水装置を乗せている。1番上に敷かれた【ヒールコット】製のマットレスの隅には細い管が伸びており、その管で最下層の空洞に溜まった水を吸い上げて飲むことができる。そこに居ながら水分補給ができる画期的なベッドが完成した。
満足げに完成したベッドを見てたジェマは、汗を拭うと腕を組んで真剣な表情で目を瞑ってジッと考え込む。ジャスパーは道具を片付けながらジェマの次の動きを待つ。途中でジェマが荒らした棚が目に入ると頭を抱えてその場に静かに崩れ落ちた。
「よし! これは【ハイドレーションベッド】にしよう!」
ジェマはそう宣言すると、作業机の引き出しからプレートを引っ張り出してそこにサラサラと商品の名前を書き込む。そして道具師となった日から記し続けている翡翠色の革表紙が特徴的な商品ノートを開く。真っ新なページに同じ名前を書き込んだ。
チリンチリン
そのとき聞こえたベルの音。ジャスパーは取り掛かろうとした棚の整理を諦めてふわりと出口に向かう。
「ジェマ、我が対応してくるから、きっちり記録を残してから持ってくるんだぞ?」
「分かってる」
正確な記録は同じ商品を作り続けるために必要なこと。そして次のシェイプアップさせた商品を作るためにも必要なこと。記録は継続と成長に不可欠だ。
スレートがノートを記し続けた意味を引き継いだジェマは、新商品を開発するたびに記録を付けた。記録を付ける前に販売しない。これは開店時にジャスパーと交わした約束でもあった。
「よし。やっちゃおう」
ジェマが気合いを入れて早速計測を始めたころ、店に向かったジャスパーはバタバタと入口の鍵を開けた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
入口からひょっこりと顔を覗かせたリアンは、ニコリと笑う。ジャスパーはリアンを招き入れながら、周囲に人がいないことを確認した。ドアを閉めると、ジャスパーはリアンを自室に案内した。
「ベッドは最終調整中だ。終わるまで待っていてくれ」
「わかった」
リアンを席に座らせると、ジャスパーはリアンのために用意していた朝食を取り出した。レッドヤケイの溶き卵にトゥンヌスのオイル漬けを入れて焼いた卵焼きとボスのミルク。栄養満点ご飯だ。
「おいしそう」
「たんと食いな」
「ありがとう。いただきます」
リアンは昨日ジャスパーに聞いた通りに上持ちで握ったスプーンで器用に食べる。成長速度の速さはドリュアス特有の性質だ。
「おいしい」
「それなら良かった」
ジャスパーはリアンの前で一緒に温めたボスのミルクを飲んだ。
「ジャスパーは、なんでミルクをあたためたの?」
「こっちの方が甘くて好きなんだ。食事のときは甘くない方が好きだが」
「そうなんだ」
物欲しげにジッと見つめるリアン。ジャスパーは肩を竦めて頭を掻いた。それでもリアンがキラキラした目で見つめていると、ジャスパーはコップを置きながら小さくため息を吐いた。そしてリアンの頭を撫でてやる。
「食べ終わったら分けてやる。先に食べな」
「はぁい」
素直に返事をしたリアンはまたもぐもぐと食べ始めた。一心不乱に食べるリアンに、ジャスパーはクスリと笑った。
「昔のジェマに似てるな」
ジャスパーがジェマと出会ったのはジェマが7歳のとき。周りの子どもと比べて成長が遅かったジェマはそのころにようやくスプーンをまともに使えるようになったくらいだった。食べることが大好きで、初めての人間の食事に心を躍らせていたジャスパーと一緒にスレートが作った食事を心から美味しそうに食べていた。
「あれ、こっち?」
昔を懐かしむジャスパーと食事を終えて念願のホットミルクを得たリアン。のんびりとした空気が流れるジャスパーの部屋にジェマが顔を覗かせた。その手には【ハイドレーションベッド】があった。ジェマと一緒に縮んだそれを、リアンはきょとんとした目で見ていた。
「いらっしゃいませ。改めまして、店主のジェマです」
リアンはただジーッと【ハイドレーションベッド】を見つめる。
「おい、リアン。聞いてないだろ」
「へあっ」
ジャスパーが頭を小突くと、リアンは変な声を出しながら顔を上げた。リアンがポカンとした顔をしていると、ジェマはクスクスと笑ってリアンに手を差し出した。
「商品の説明をします。お店へどうぞ。それも持ってきて構いませんから」
「う、うん!」
「我が持とう」
「ありがとう」
ジェマを先頭に、リアンがふよふよと付いて行く。ジャスパーはリアンのホットミルクを手にさらに後ろからふよふよと飛んでいく。
「あわわっ!」
リアンは部屋の外に出た途端に大きくなったジェマと【ハイドレーションベッド】に目を丸くした。ドアとジェマを交互に見ていたけれど、ジャスパーが【ハイドレーションベッド】の上を飛ぶとそちらに意識が向いた。
「これが、ボクのベッド?」
「はい。雨を溜めて水を綺麗にする装置が付いているので、ここの管から水を飲むことができます」
「すごい! それじゃあ、ベッドからうごけないときも、のどはかわかない?」
「水が溜まっている間は、ですが」
「そっか! それだけでも、うれしい」
リアンは目をキラキラと輝かせてベッドの周りを飛び回る。そしてマットレスをちょんちょんと指先でつつくと、そっと上に寝そべってみた。
「ふ、ふかふかぁ」
「変だなって思うところはある?」
「ううん、ないよ! すっごくきもちいい!」
リアンは満足げに笑うと、ひとしきり感触を楽しんでからマットレスの上でぽふぽふとジャンプした。
「あ、そうだ」
急にハッとしたリオラは、ポケットをがさごそと漁る。そしてキラキラと輝く緑色の石を取り出した。
「これは」
「れんきんませき、っていうんだって。ドーラさんが、ベッドをもらったら、わたしてって」
錬金魔石は精霊のみが生み出せるもので、魔石と似た効力を持つ。道具の対価としては1つで十分な支払いだ。
「ありがとうございます。これで売買成立です」
「もらえるってこと?」
「はい。もしも壊れてしまったらまた来てください」
「わかった」
とはいえベッドは大きくてリアン1人では運べない。ジャスパーが荷運びをして、ついでに数日分のリアンの食糧を売りつけてくると名乗り出た。
「良いの?」
「我としては報酬があれば文句ない。じゃあ、行ってくる」
「分かった。いってらっしゃい」
「何かあれば飛んで帰ってくるから」
ジャスパーはそう言い残すと、ベッドと大量の食糧を抱えてリアンと一緒に出掛けて行った。
これで今回の依頼は完了。ジェマが肩の荷が1つ下りた感覚がして、ホッと息を吐いた。
「さてと」
お昼まで時間はある。ジェマは次の作業に取り掛かろうと作業場に足を向けようとした。しかし。
「ジェマ!」
勢いよくドアが開かれて、ジェマは振り向いた。そこにはラルドともう1人、ラルドに担がれた男がいた。