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翌朝。ジェマは目を覚まして身体を起こすと、くしくしと目を擦った。そしてグイッと身体を伸ばすと、辺りを見回して身体を見て。シュンと肩を竦めた。
「またやっちゃった」
ジェマは首をふるふると振って、ベッドからトンッと降りる。一昨日から着ている服から洗ってある服に着替える。ジェマは店を開く日には同じ服を着るため、黒いズボンと白いシャツを3着ずつ持っている。可愛げはないが、スレートが買ってくれた服はお出かけ用。大切に取ってある。
脱いだ服は洗い場に持って行って、ジャスパーの部屋に向かう。ジャスパーの部屋のドアが開くと、ミルクとバターの香りがふわりと店に流れ込んだ。
「シチューだ!」
「それより先におはようだろ?」
部屋に入るなり叫んだジェマに、ジャスパーは鍋をかき混ぜながら苦笑いを浮かべた。
「おはよう」
「ああ、おはよう。座って待っていてくれ」
「はぁい!」
椅子に座ったジェマはゆらゆらとシチューを待つ。ジャスパーは窓ガラスに映るその姿に小さく笑うと、しっかり温まったシチューを皿に取り分けた。トリティクムの香りがふわりと漂うパンを添えると、朝食の完成。
ジャスパーは2人分の皿を運ぶ。ジェマは首を伸ばすようにして皿を覗き込むと目をキラキラと輝かせた。
「はい、食べるぞ」
「うん! いただきます!」
「はい、いただきます」
2人はパクパクと食べ始める。ジェマはかきこむように食べるものだから、喉にカロタを詰まらせかけてしまった。胸をトントンと叩くジェマに、ジャスパーはスプーンを置いて水を用意した。
「慌てて食べなくてもおかわりもあるから」
「ありがとう。でもリアンさんが来るまでに商品を完成させたいし、早くたくさん食べて、作業に取り掛からないと」
「分かった分かった。全く、本当にスレートそっくりだ」
ジャスパーはやれやれと首を振る。スレートも美味しいものはたくさん食べたいけれど時間は惜しいと言って、ジェマと同じように焦って食べては喉に詰まらせていた。
「作業も手伝うから。ゆっくり食べて」
「はぁい」
ジェマがスレートと違うところは、この素直さだ。ジャスパーの忠告をきっちり聞くところはジェマの良さ。ジャスパーは小さく笑うと席に戻ってシチューを食べ進めた。
パンを千切ってシチューに付ける。甘さと温かさにどれだけ食べても2人の頬は蕩けてしまう。幸せな時間を堪能した2人。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした。先に作業場に行って作業を始めていてくれ。片付け終わったら我も行こう」
「うん。ありがとう!」
ジェマはタタッと作業場に駆けだした。ジャスパーはそれを見送ると、魔法でテキパキと片づけを始めた。皿が空を飛び、流れるように泡で洗われて水で流される。布も空を飛び皿をキュッキュと拭き上げていく。綺麗になった皿は棚に収まって、最後に雑巾を机の上を滑らせれば片付け完了。
「よし、行くか」
ジャスパーはふわふわと部屋を出ると、作業場に向かう。作業場のドアを静かに開けて中を覗くと、ジェマはエプロンを着て作業を始めていた。
前日に焼き上げた器に【クレンズキャンティーン】と同じように【クリアコット】、【バクハン】、【アクティベートチャコル】、【バクハン】、【クリアコット】の順に敷き詰める。ジャスパーが到着したときには、その上に器と一緒に焼き上げた板をはめ込むところだった。
「これで良し!」
「ジェマ」
「あっ、ジャスパー! 見て見て!」
ジェマは仕切り板を外すと、ジャスパーに中身を見せた。ジャスパーはそれを覗き込むと肩を竦めてケラケラと笑い出した。
「まったく。どうしてこんなことを思いつくんだか」
「凄い?」
「ああ。ベッドに浄水装置が付いているなんて、聞いたことがない」
「ドリュアスは植物から養分と水分をもらうけど、リアンさんは無理だから。養分は食べ物を得に行くにしても、水はいつでも飲めないと死んじゃうから」
「人間らしい悩みだな」
ハーフドリュアス。人間とも精霊とも違う摂理の中で生きるもの。どっちつかずともどちらでもあるとも言える存在。
「そうだね。リアンさんのおかげで面白いものが作れたから、私は満足」
にひっと笑ったジェマは、仕切り板をはめ直す。愛おしいものに微笑んだジャスパーは【ヒールコット】が入った袋を持ってくると、収穫したままの【ヒールコット】を解し始めた。
「はい、これ」
「ありがとう」
ジャスパーが解したものをジェマが受け取る。それを同じく【ヒールコット】で作られた布に詰めていく。解したことで一層ふわふわになった【ヒールコット】は、他にないほどふかふかなマットレスを形成していく。
ほぐほぐ、つめつめ。ほぐほぐ、つめつめ。
2人で共同作業をすることで、ジェマが1人で作業をするよりも圧倒的に早く完成が見えた。
「ジェマ、これ、最高級品と並べても大差ないレベルのマットレスだぞ?」
「そう? まあ、そうかもね。なんせ、スレートの娘だからね!」
「だな」
ジャスパーは小さく笑いながら頷いた。満足げなジェマは、完成したマットレスを仕切り板の上に乗せて、事前に端に作っておいた穴に筒を入れて底に溜まった水を直接吸い上げて飲むことができるように仕組みを作る。
ジャスパーはその背中を眺めながら頭を掻く。
「スレートとは全く違う才能だと思うんだけどな」
スレートの才能とジェマの才能。誰よりも近くで見てきたジャスパー。どちらがどんな才能を持っているかまでは説明できなくても、ジェマが自身を評価する以上の才能を持っていることはジャスパーが1番知っている。
ジャスパーはもどかしさに眉を下げながら笑う。
「まあ、今は良いか」
ジャスパーは頭を振ると、ジェマの手伝いに戻った。
2024.06.23から2日間体調不良により休養します。
最近は休養がちで申し訳ございません。
2日で体調と精神を回復させてきます。
こーの新