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 リアンは食事を済ませると、ジャスパーが差し出したクッションを抱えて泥のように眠り始めた。クッションには【ヒール草】が使われている。その回復効果を高めるために身体が眠気を感じることはよくあることだった。


 ジャスパーはその間にジェマと共に昼食を取り、ジェマが作業中に小腹が空くだろうとお菓子を作った。そして終えたときのために夕食の準備に取り掛かる。夕食の準備が仕上げに向かうころ、窯の方から言葉にならない雄叫びが響いてリアンが慌てて目を覚ました。



「わっ、え、あれ?」


「おはよう、リアン。身体の調子はどうだ?」


「ちょうし? えっと、げんき!」



 ジャスパーはリアンの返事に苦笑いを浮かべながらも、そのハツラツとした笑顔と消えた隈に安心した。



「それは良かった」


「ねえ、それより、いまの、なに?」



 リアンがコテッと首を傾げると、ジャスパーは緩く口角を持ち上げてキッチンの窓の方へリアンを手招いた。リアンがジャスパーに倣って窓の外を覗き込むと、完全に火が消えた窯の中に頭を突っ込んでいるジェマの姿が見えた。



「窯焼きの作業は終わったらしいな」


「じゃあ、ボクのベッド、かんせい?」


「いや。ここから加工して、それでようやく完成だ。だから明日取りに来い」


「分かった」


「まあ、その前に夕食だけ食べていけ」



 ジャスパーは鍋の蓋を開けて3人分用意したシチューを見せる。リアンの腹は分かりやすく鳴り響いたけれど、すぐに表情が曇ってしまった。



「ボク、いそいでかえる」


「どうしてだ?」


「キキョウ、しんぱい」



 リアンの使命は命を宿したキキョウを守ること。ドリュアスが植物から離れることはよっぽどのことがない限りにはあり得ない。そして1度に離れていられる時間も1日より短い。



「そうか」



 ジャスパーはそれだけ言うと、蓋つきの容器を取り出してそこにシチューを詰めた。マッケローニも別の容器に入れて蓋を閉める。



「送ってく。ジェマに伝えてくるからちょっと待ってろ」


「わかった」



 ジャスパーは容器をそこに置きっぱなしにしたまま、窓からジェマの元に向かった。



「ジェマ! リアンを送ってくる」


「あれ、夕食は?」


「持たせる。早く宿り草のところに帰してやりたい」



 ジャスパーの真剣な瞳に、ジェマは小さく微笑んだ。優しさと正義感に満ちた強い黄金色の瞳。



「分かった。気を付けてね」


「ジェマもな」



 ジャスパーはバタバタとキッチンに戻ると、リアンの分の夕食を袋に入れて担いだ。そして店の鍵を閉めてからリアンのキキョウがある方へ2人で飛んで行った。


 ジェマは2人のなんとなく見える背中を窯から見送ると、まだ少し熱い焼き物を手に作業場に戻った。それを保管用のケースに入れて冷ましながら、次にラルドが来たときに納品するためのペンダントの制作を始めた。


 受注生産にかまけていたら他の生産が停まってしまう。隙間時間を大切に。スレートが残した言葉だった。働き者の父の背中を見ていたジェマは、その働き方しか知らない。


 とはいえジェマは徹夜明けで疲れていた。作業の途中でうつらうつらと視界が歪み始めると、すぐに机に突っ伏してしまった。


 それから10分も経たないときのこと。〈チェリッシュ〉の前をふらり、ふらりと歩く人物がいた。甲冑をカチャカチャと鳴らしているが、アドヴェルではない。フルール・ド・リスの紋章が入った青いマントを靡かせる甲冑の男は、〈チェリッシュ〉の店の近くの茂みの中にバタリと倒れ込んだ。



「ただいま」



 それからしばらくして帰ってきたジャスパー。茂みと闇に紛れた甲冑の男に気が付くことなく帰宅したジャスパーは、ジェマを探して作業場へ向かった。



「ジェマ?」



 静かに作業場を覗いて、机に突っ伏すジェマに静かにふわふわと近づいた。そしてジェマの穏やかな寝息を聞くと、眉を下げて呆れながら微笑んだ。



「まったく。頑張り屋なんだから」



 製作途中のペンダントを保管用のケースに入れると、隣のケースに入っている器をジッと見つめた。リアンの身体のサイズにぴったりと合うベッド。誰もが使えるけれど、リアンの身体に合わせたものという点で言えば所有者固定魔道具を作るときと考えることは同じ。



「受注生産が増えれば、より訓練になる」



 ジャスパーはふわふわと本棚に向かう。そしてスレートが遺した商品ノートを浮遊魔法で取り出した。それをパラパラと捲ると、今でも店で扱っている商品がいくつも見つかる。ジェマはこのノートを参考に道具を制作して、それを欲する客のために店の棚に並べ続けていた。


 スレートを愛した客はほとんどがもう店に足を運ばない。ジェマの実力を見もせずに関係を絶った人がほとんどだということを知ったジャスパーは人間の愚かさと非情さを知って怒りに震えた。けれど客が来ないと分かったジェマが自分なりの新商品を並べるようになると、その怒りは消えた。



「この店はもう、スレートだけの店じゃない。スレートとジェマの店だ」



 自分に言い聞かせるように呟いたジャスパーは、ノートを元あった場所に仕舞う。そしてジェマの身体を浮遊魔法で浮かせると、エプロンを外してジェマの部屋のベッドまで運んだ。



「シチューは明日、食べような」



 ジャスパーはジェマの額に鼻先をつけると、布団を掛け直して部屋を出た。



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