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 朝食を食べ終わるとジェマはまた窯に付きっきりに、ジャスパーは食器を片付けて店番へ向かった。


 ジャスパーは店と自室を繋ぐドアを開けた瞬間、ピキンと何かの気配を感じた。自室にその何かが入ってしまわないように素早くドアを閉めると、店内の様子をジッと伺う。


 か細い鈴の音のような微かな移動音。ジャスパーは開店前に潜り込んだ賊と判断して、視線を送るよりも先に音がした方に向かって土魔法を放った。音を発していたものは土のカプセルに閉じ込められて、突然の暗闇の中で慌てていた。


 ジャスパーが使える魔法は土魔法と浮遊魔法。普段土魔法は使わないけれど、拘束には役立つ魔法。他に使うタイミングといえば、ジェマを守るために戦うためだけ。



「何者だ?」



 ジャスパーがドスの効いた声で問いかけると、土の中で小さな生命体がビクリと跳ねた。そしてふるふると震える。



「あやしくない! おみせのひと、あいにきた!」


「……客か。悪かった」



 精霊が話しているとき特有の音に近いけれど、ノイズの混じったざらついた声。どうにか言葉を聞き取ったジャスパーは土のカプセルを解除した。


 カプセルから出て来たものは、ジャスパーの半分ほどしかない身体の生命体。精霊とも人間とも言い難い、中途半端なエネルギーを発する少年。



「で、どちら様だ? 開店前にどこから入り込んだ?」



 ジャスパーが聞くと少年は小さく縮こまって、もじもじしながら両手の指先をちょんちょんと合わせた。



「ボ、ボクはリアン。ドーラさんが、ここのおみせ、いくように、いった」


「リアン? ああ、ドーラが注文したベッドの使用主か」


「しよう……? えと、たぶん、そう」



 生後数日のハーフドリュアス。精霊のように生後間もなく会話をすることができるが、人間のように不完全な状態で生まれている。



「えと、あそこ、あなある。そこから、はいれた」


「穴?」



 ジャスパーはリアンが指差した方に目を凝らす。そこにはジャスパーには通れずともリアンや昆虫、小型の魔獣であれば通れてしまうほどの穴が開いていた。



「いつの間に」



 ジャスパーは魔法で土を集めて穴を塞ぐ。応急処置でも、やらないよりやった方が良い。



「ありがとな、助かった」


「ううん」



 それきり話さなくなったリアンと、リアンが話すことを待っているジャスパー。気まずい無言の空気に先に耐え切れなくなったのはジャスパーだった。



「だぁ! 全く。とにかく、注文の品が完成するのは明日だ。明日、また確認に来てくれ」


「わかった」



 リアンがそう言ったきりその場を動かない。ジャスパーが訝し気にリアンの動きに注視していると、ぐぅっと地を這うような音が店内に響いた。人間の指ほどしかない赤ちゃん精霊が鳴らす音にしては盛大な腹の虫だ。



「えっと、今の、お前?」


「うん。ごはん、あまりたべられない。みつとか、きのみ、おいしいけど、たりない」



 シュンとしているリアン。周りのドリュアスたちがいくら頑張って食材を集めても、人間の赤子と同僚の食事を欲するリアンには到底足りる量ではなかった。



「そうか」



 ジャスパーはマジマジとリアンの姿を観察する。ドリュアス特有の草でできた服は生命源と繋がっていないのか枯れかけている。リアンの身体も赤子にしては酷く痩せている。隈もできていて、眠れていないことが分かる。


 ジャスパーは拳を握りしめてブルブルと身体を震わせた。言われるまで気が付かなかった自分が憎らしい。かつて、ジャスパーが腹を空かせ、天敵から命からがら逃げだしたところを助けたのはジェマとスレートだった。



「ちょっとこっち来い」



 ジャスパーは店の入り口の鍵を開けて開店の札を掛けると、カウンターに呼び鈴と書置きを残して自室に向かった。リアンはフルフルと震えながらジャスパーの後に付いて行く。



「これに着替えたら、そこに座ってろ」



 ジャスパーはジェマが作ったふかふかのソファを指差しながら、自分がここに来たばかりのころにスレートが作った洋服をリアンに投げて渡した。それはジャスパーが服を着ない種族の精霊だと知らなかったスレートが手縫いした思い出の品だった。


 ジャスパーの漆黒の毛並みによく似合う真っ白なドレス服。ドリュアスの服に似ている形であったことは今となっては良いことだった。違うものでも似ているものなら仲間外れされる可能性は低くなる。



「いいの?」


「ああ」



 ジャスパーはそれ以上は何も言わずにキッチンに立つと、雑穀にフリーズドライのフルーツや乾燥させた野菜をたくさん混ぜた。そこにボスのミルクをかければ完成。1番手軽で、ジャスパーが作る中で1番早く作ることができるメニューを選んだ。



「ほら、食え」



 スプーンと共にボウルをリアンの前に置くと、リアンはそれを見てポカンと口を開けていた。



「これ、なに?」


「食い物。これ見てみろ。ここに窪みがあるだろ? ここに乗せて食べるんだ。持ち方はだな」



 ジャスパーがスプーンの使い方を教えてやると、リアンはぎこちなくひと口それを食べてみた。



「お、おいし!」



 目をキラキラと輝かせたリアンは、ゆっくりと、けれど手を休めることなく食べ進める。美味しいから、そしてお腹が空いているから。ジャスパーはリアンの姿を寂し気に見つめていた。



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