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 ジェマは作業場の外で夕食前に成型した器を窯で焼く。熱さに流れる汗を拭って息を吹き込む。


 寝ずの番で温度管理をしていたジェマは、日の出に顔を上げた。ジェマの後ろには空になった白い皿。ジェマは大きくため息を吐いた。


 夕食後に素焼きをして釉薬を付けたものを乾燥させて、その間に夜食を食べた。懐かしい味に気合いが入ったジェマは、そのまま寝ることなく本焼きの工程に入った。それからかれこれ1時間。まだ半日ほどここにいなければならないのが現実だ。



「朝ご飯どうしよ。というか、眠いかも」



 ふわっと欠伸をしたジェマは、ぷくりと頬を膨らませると立ち上がって軽くストレッチをした。そして定位置に座り直すと火の強さを確認した。



「この作業をもう1回やり直す方がしんどいもんね」



 ジェマはよし、と呟いて両頬を叩いた。


 その姿を窓から見ていたジャスパーは、くるりと身体の向きを変えてキッチンに立った。眠ることなくジェマが寝てしまわないか監視していたジャスパーも寝不足だ。しかし今日も朝ご飯の準備を始める。



「朝は栄養を採れて、サラッと食べられる方が良いか」



 ジャスパーは雑穀が柔らかくなるように鍋で煮込み始める。そしてその間にケタという白身魚なのに身が赤いことが特徴の魚を焼く。他にも野菜を数種類細かく切り刻むと雑穀を煮込んでいる鍋に放り込んで一緒に火を通す。


 すっかり柔らかくなった野菜が入った鍋に、今度は焼き上がったケタを解しながら入れていく。そこにトゥンヌスやその仲間の身から取った出汁を入れて、その他調味料や海藻も放り込む。そしてさらにコトコトと煮込むと、最後に溶いたヤケイの卵を流し込む。



「よし、完成。我特性雑穀粥」



 ジャスパーはそれを皿に取り分けると、スプーンと共に窯へ向かった。そこで汗を拭うジェマに、ジャスパーは後ろからふよふよと近づいて行く。



「ジェマ、おはよう」


「ん? あ、ジャスパーおはよう」



 隈が浮かんだ顔で笑ったジェマに、ジャスパーは一瞬動きを止めた。けれどすぐにジェマに近づいて行くと、空いた皿が置かれたところに入れ替えるように2人分の朝食を置いた。



「夜食、完食してくれてありがとな」


「ジャスパーこそ、作ってくれてありがとう。なんか、懐かしい味がして美味しかった」


「そうか」



 ジャスパーは引き攣った笑みを浮かべた。けれどジェマがそれに気が付くことはない。すでに朝食に意識が向けられている。



「これも美味しいやつだ! 2人分ってことはここでジャスパーも一緒に食べるの?」



 ジェマの問いかけに、ジャスパーはピクリと身体を跳ねさせた。そしてぎこちなく笑みを浮かべると、カクカクと頷いた。



「ああ。嫌か?」


「え? そんなわけないじゃん」


「そうか」



 ジャスパーは少しだけ頬を緩めた。



「いただきます!」



 ジェマはスプーンを握ると、雑穀粥をパクリとひと口食べた。そして頬を抑えると、ゆるゆると笑った。



「うん、おいひぃ」


「そうか」



 ジャスパーはジェマを優しい目で見つめる。その視線はさながら父親が娘に向けるような視線だ。



「やっぱりジャスパーと2人で食べる方が美味しいね。1人で食べても美味しいけど、なんか味気ない気がするから」



 ジャスパーはすっかり雑穀粥に夢中になっているジェマが平然と放った言葉に固まった。そして少し俯くと、覚悟を決めて顔を上げた。



「ジェマは、食事のときに契約者のことを思い出すか?」


「ほれはほうれひょ」



 もごもごとしながらも頷いたジェマ。けれど何を突然、とでも言いたげな顔はしていても寂し気な顔はしていない。ジャスパーは落ち着きなくふわふわと上下した。



「寂しくなったり、しないのか?」


「んー」



 もぐもぐしているジェマは、今度はすぐに答えることなく口いっぱいに入れた雑穀粥を咀嚼しながら考える。そして大きくゴクリと飲み込んだ。



「えっとね、寂しくなることはあるよ。それはもちろん。だって、お父さんのこと大好きだし、会いたくなることもあるし。でもね、ジャスパーがいてくれるから大丈夫」



 ニッと笑ってみせたジェマ。呆然とその笑顔を見ているジャスパーに、ジェマはスプーンを置いて近づいた。そしてジャスパーのしっかりとした固さのある艶やかな黒い毛が包む柔らかい頬を、指先でふにふにとこねくり回した。



「ジェモ、やめへ」


「ジェモってだぁれ?」



 ケラケラと笑ったジェマは、ジッとジャスパーの漆黒の瞳を見つめてそのまま胸に抱き寄せた。



「ジャスパーのおかげ。いつもありがとう」



 ジェマの言葉が、心音が、ジャスパーの耳に届く。ジャスパーは奥歯をグッと噛み締めた。けれど堪えきれずに溢れた涙がジェマのつなぎの胸元を濡らす。



「ジャスパー、大好き」



 ジェマの無邪気な声に、ジャスパーはただ頷くことしかできない。ジェマは身体を離してジャスパーの目元を拭ってあげると、ニィッと笑う。



「ほら、ご飯食べて、今日も頑張ろう!」


「ああ」



 ジェマはよくスレートにしてもらっていたようにジャスパーを自分の膝の上に乗せた。



「ちょっと待て。恥ずかしいんだが」


「大丈夫だよ、誰も見てないもん」



 ご満悦なジェマに何も言えなくなったジャスパーは、大人しくジェマの膝の上で朝食を食べることにした。その姿を羨ましそうに見ている影には気が付かずに。



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