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 夕食はチーズインハンバーグ。机の上に並ぶ皿の上の大きなハンバーグを見てジェマは目をキラッキラに輝かせる。そしてダラッと垂れた涎はジャスパーが魔法で動かした手拭いによって綺麗に拭われた。



「はいはい、手を洗って席に座ってくれ?」


「はーい!」



 ジェマは素直に手を挙げて返事をする。そして手を洗い終わると、椅子にちょこんと座った。ジャスパーはそれを見て微笑むと、自分も席に着いた。



「それじゃあ、食べようか」


「うん! いただきます!」



 ジェマはフォークでハンバーグを切ると、大きな口を開けてそれを迎え入れた。口の中でじゅわっと広がる肉汁にジェマの頬が蕩けた。



「お、おいひぃ」



 そのまま身体の構造ごと蕩けてしまいそうなジェマに、ジャスパーはふんっと鼻を鳴らして自分もハンバーグを口に運んだ。ジェマの表情を見ていると、ジャスパーはハンバーグがさらに甘く感じた。


 ボスという乳や肉が美味しい野生動物の肉だけで作るのがジャスパー流。一般的にはボスとスクロファやその亜種スクロファドメスティクスの合い挽き肉で作ることが多い。しかし黒ブタの精霊であるジャスパーは、同種族であるスクロファやスクロファドメスティクスを食べることが苦手だった。


 そういう事情でジャスパーのハンバーグはボスだけの挽き肉で作られている。これが普通の店で作られると、合い挽き肉のハンバーグと違って結構なお値段になってしまうが、ジャスパーは自らボスを狩りに行くためお金はあまりかかっていない。



「チーズとろとろぉ」


「ああ、美味いな」



 なんて。ジャスパーのハンバーグはどれだけの値段が掛かるものかなど関係ない。ジャスパーはスレートが風邪を引いたときにこれを作った。そのときからこのハンバーグがジェマの大好物であり、ジャスパーの大好物になった。


 初めて食べた父親以外の味。初めて自分が作ったものを他人に食べてもらった味。2人にとって思い出の味であるそれは、2人で食べるからこそ美味しい。



「ごちそうさまでした」


「はい、お粗末様でした」



 2人はぺろりとそれを食べてしまうと、ホッとひと息吐いた。ジェマはグイッと身体を伸ばすと、脱力して満足気にお腹を擦った。



「やっぱりジャスパーのハンバーグ大好き!」


「そうか」



 ジャスパーはふいっとそっぽを向いて鼻をふんっと鳴らす。ジェマはその姿を見てニコニコと笑う。そしてぽてりと机に倒れ込んだ。



「ありがとね、ジャスパー」


「なんのこれしき」




 ジャスパーは柔らかく微笑んでジェマの頭を撫でた。蹄の固い感触にジェマの頬もゆるりと綻ぶ。



「ジェマ、今日はこれからどうするんだ?」


「んー、窯で焼き物でもしようかなって。だから徹夜かな」



 ジェマが苦笑いすると、ジャスパーは眉を顰めた。けれどすぐに奥歯をきつく噛み締めると、席からふわりと浮かび上がった。



「じゃあ、夜食の用意をしておくな」


「やったぁ!」



 ジェマは身体を起こすと、両手を挙げて万歳した。そして勢いよく立ち上がると、ブンブンと両腕を回した。



「頑張ってくる!」


「おう。頑張れよ」



 ジャスパーが笑いかけると、ジェマは頷いて鼻歌交じりにジャスパーの部屋を出て行った。ジャスパーはその背中を見つめると、眉を下げて笑った。



「仕事、だもんな」



 ジャスパーはため息を吐いてお皿を洗い始めた。魔法を操って洗剤を垂らしたスポンジで皿を洗い、フライパンを洗う。タクトを振るうように水で泡を流すと、水切り台に皿とフライパンを並べる。そして布巾で水気を拭き取れば皿洗い完了。



「どうするか」



 ジャスパーはふよふよと本棚の前に飛んでいくと、魔法で1冊の本を取り出した。『レシピノート』と書かれたそのノートにはスレートの文字が並んでいた。



「我のレシピでも良いが、頑張っているときにはスレートの味の方が良いだろうか」



 スレートが亡くなってからは開くことがなくなっていたそのノート。スレートがジェマのためにローストから学んだレシピがびっしりと書き込まれている。ジェマが好きな食べ物には花丸、途中からはジャスパーが好きな食べ物に星マークが付けられている。


 ジャスパーはスレートの遺品としてこのノートを引き継いだ。けれど味覚は記憶と強く結びついている。ジェマにスレートとの温かい記憶を必要以上に思い出させることで悲しませることがないようにと、ずっと棚に仕舞い込んでいた。



「夜食なら、これか」



 花丸が付けられたマッケローニのミルク煮。茹でたマッケローニを温めたボスのミルクに入れて軽く煮込むと完成。離乳食として作られることが多いが、固めに茹でれば大人になっても美味しい逸品だ。


 ジェマに歯が生えた頃から食べ慣れた味。これなら疲れも吹き飛ぶかもしれない。ジャスパーは早速お湯を沸かし始めた。そしてお湯が沸いたらマッケローニを茹でる。茹ったマッケローニを隣の鍋で温めていたミルクに静かに入れると弱火で煮込みながらゆっくりと混ぜる。



「少しでも気持ちが安らぎますように」



 言霊に願いを込めて。ジャスパーは眉を下げて笑いながら火を止めた。



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