ハーフドリュアスリアン
作業場に戻ったジェマは早速作業に取り掛かる。依頼はハーフドリュアスのためのベッド。
そもそもドリュアスの使命とは命を宿した植物から栄養を受ける代償としてその植物を守ること。しかしドーラによればハーフドリュアスは植物から栄養を受け取ることはできないけれどその植物を守る必要があるという。
ハーフドリュアスは実験で鉢植えに咲いていたバルンフラワという紫色と星のような花弁が特徴の花に宿った。植物を守る使命を果たそうとはするものの人間と同じく食事をしなければ命が尽きてしまうハーフドリュアスを邪魔に思った魔術師とその雇い主はそのハーフドリュアスを鉢植えごと森に捨てた。
それを見つけたのがドーラたちの群れだった。とはいえドーラたちは人間の食事には詳しくない。食べられる草に宿ったドリュアスや自分が宿った植物が花を咲かせたり果実を実らせたらそれを与えて凌いでいるが、それでも身体が持つかは怪しいところだ。
そして今回の依頼であるベッド。ドリュアスは植物のベッドに身体がフィットするように収まることができる。それはまるで自分の身体と一心同体であるかのように。しかしハーフドリュアスはベッドに上手く乗ることもままならない。別にベッドを用意する必要がある理由はそこにあった。
「十分に休息を取って使命を全うできるようなベッド、か」
ジェマは深呼吸をしてからベッドのフレームを作り始めた。もっと解決しなければならないことがあるとはいえ、今ジェマが直面しているのはベッド作りだ。他のことは後で考える。
身体が弱いハーフドリュアスは来店不能ということで、ドーラが持参したハーフドリュアスの身体のサイズのメモを頼りに制作していく。
ベースは土の器。ハーフドリュアスよりもひと回り大きな楕円形の器を食器や甕を作るときに使う土を使って製作していく。深皿を作る要領で制作したら、今度は底に水が抜ける穴を開ける。屋外で使用するならば撥水性は大切だ。
「あれ、もしかして」
底に穴を開けていたジェマははたと手を止めた。そしてジーッと器を見つめたかと思えば、ぐしゃりと丸めてしまった。その顔は楽しくて仕方がないと言いたげにキラキラと輝いている。
勢いよく立ち上がったジェマは、サッと手を洗ってから素材が入った棚を漁る。出がけに漁ったせいでいつも以上に乱雑になっていたそこがさらにぐちゃぐちゃにされていく。
「なんでこんなに使いづらいんだろう!」
どう考えても自分の探し方が悪い。なんて指摘する者もない。
ジェマは棚に頭を突っ込んでガサゴソと漁り続けると、ようやくお目当てのものたちを見つけて棚から顔をプハッと抜いた。
「やっと見つけた! ふぅ。よし!」
ひと息吐いたジェマは、気合を入れ直して作業台に戻る。ジェマが探し出したものは3つ。まずは【コット草】の一種である【クリアコット】。浄化作用があることが特徴だ。
2つ目は【バクハン】という森の奥にある清流沿いでしか採取できない貴重な石。濃い斑点が特徴で、高い浄水作用がある。【クレンズキャンティーン】を作るときには他の産出量が多い性能には差がない石を使うくらい貴重で入手も難しい。
3つ目は【アクティベートチャコル】。森で採れた木を【チャコル】という可燃性の物質に変化させたのち、【アクティベート】という加工を加えたものだ。消臭や調湿、浄水の効果や薬としても使える万能素材。
どれも【クレンズキャンティーン】にも使用されている素材ばかり。ジェマは引っ張り出してきた素材の大きさを見ながら、もう1度器を成型し始めた。今度は底に穴を開けず、さらに深い器にする。ジェマの人差し指くらいの高さに1段床を作る。
小さな穴をプスプスと開けると、端にジェマの小指1本分の穴も開けた。その上にはさらに間隔を開けて出っ張りをつけた。そしてその出っ張りに引っかかるようなプレートも別で作ると、そこにも小さな穴をプスプスと開けて、また小指一本分の穴も開けた。
「うん。これでよし!」
ジェマはグイッと両手を開けて身体を伸ばす。そして手近にあったタオルを手に流しへ向かう。流して手を洗ってから、タオルを濡らしてしっかり絞る。広げて軽くバサバサと振ってからそれを作った器に被せると、今度は腰に手を当てて身体を逸らした。
「疲れたぁ」
その言葉に応えるようにグゥッと腹の虫が鳴いた。
「ハンバーグ。楽しみだな」
ジェマはお腹を擦りながらふんふんと鼻歌を歌う。そしてジャスパーがまだ来ないからと、ぐちゃぐちゃの棚を漁って服飾用ベルトを作るときの素材をかき集めた。
「あとは、これ」
ジェマは上段に仕舞われていたおかげで綺麗なまま置かれていた香水瓶を、踏み台に乗って取り出した。
「使えそうで使えなかったんだよね」
ジェマは香水瓶を軽く振る。それはジェマが以前虫よけを作ろうとしたときに調合に失敗して完成したものだった。いつか使えるかもしれないと取っておいたものが、ようやく日の目を見るときがきた。
「ジェマ。夕食の用意ができたよ」
そのときドアが静かに開いて、ジャスパーが顔を出した。ジェマは香水瓶を他の素材とともに作業台に置くと、作業場から軽やかな足取りで出て行った。