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パーティーが終わった翌日の朝。ジェマとジェットはシヴァリーとカポックに護衛されてマグネサイト家の屋敷のエントランスに下りてきた。
「皆さん、おはようございます」
既に出発の準備を終えていた騎士たちと合流して、マグネサイト家の馬車の前にやってきた。来るときは転移魔法の魔石を使ったけれど、緊急時ではない限りには大量の魔力を消費する大移動はできない。マグネサイト家の御者たちの力を借りてオレゴスの街まで戻ることになった。
全ての荷物を積み込み終わった騎士たち。ユウはジェマから荷物を受け取ってそれも馬車に積み込んだ。
そのとき、見送りにマグネサイト家の面々がエントランスまでやってきた。フェナカイトとその妻ハウライト、長男のチャロ、次男のアイト。4人が並ぶと息子2人がどれだけ父であるフェナカイトに似ているのかが分かる。
「皆さん、この度の助力、本当にありがとうございました。これは、ほんの気持ちです」
ハウライトが前に進み出ると、シヴァリーに小包を手渡した。その中に入っていたのは大きな魔石だった。両手でに収まらないほどのそれは、金級どころかプラチナ級の魔物も魔石だと推察された。ジェマはその大きさに目をキラキラと輝かせた。
「我が領の兵たちを守るため、大量の魔石を消費したとお伺いしましたので。それに、ここへいらっしゃるときにも錬金魔石を消費なさったのでしょう? 転移魔法の錬金魔石と見合う価値のあるものは、これくらいしか……」
ハウトリアは肩を竦めた。けれどジェマは早速魔石に手を翳して鑑定してみる。そしてすぐにキラキラと輝いていた目がさらに見開かれて輝きを増した。
「凄いですよ! これ、ペガサスの水属性魔法の魔石です! よく流通しているペガサスの魔石は風属性魔法なのに……こんな希少なものをお持ちだなんて……」
伝説の魔獣ペガサス。天を司り、雷鳴と雷光を運ぶと言われている。伝説と言われているものの、その中ではよく発見される魔獣だ。嵐を連れてくる魔獣であることから、討伐対象と認定されている。プラチナ級の冒険者や騎士団の団長、隊長が特別討伐隊を編成して討伐に向かう。
メス1頭にオスが5頭というのが基本の隊列。光属性魔法を操るメスと、水属性魔法を操る1頭のオス。そして他の4頭が風属性魔法を操る。
全て討伐できても光属性魔法と水属性魔法の魔石は希少なもの。そしてペガサスは逃げることを選ぶとメスと水属性魔法を操るオスを先に逃がす習性がある。この習性のせいで余計に流通する魔石の数も少なくなっている。
「この辺りにはペガサスが良く現れるのです。それを冒険者や夫が討伐に向かうので、素材の数としては潤沢な方なのですよ」
ハウライトの説明にジェマは良いことを聞いたと言わんばかりにメモを取った。これからペガサスの素材が必要になったらマグネサイト領に仕入れに来ればいい。
「そこまで喜んでいただけたのなら、これも喜んでくれるかしら」
ハウライトはジェマの前に進み出ると一回り大きな包みを手渡した。ジェマがそれを受け取って中身を見てみると、また目がキラキラと輝いた。
「これ! ペガサスの角じゃないですか! しかも、こんなに状態の良い虹色のものは始めて見ました!」
ジェマは興奮気味にハウライトを見つめる。虹色の角を持つペガサスは幸運の象徴とも言われる。その角は他の角が化粧用の最高級パウダーに使用されるのに対して、薬として重宝される。すり潰して特殊な調合をするという。その製法は所有者固定魔道具師のみが知るという。
ハウライトは嬉しそうに微笑むとジェマの手を握った。
「喜んでもらえて良かったわ。これは息子を救ってくれたことに対する感謝よ。アイトが無事に帰ってきたことを思えば、これでも足りないくらいよ。もしもこれから先、ジェマさんが困ったときに我が家の力が必要だと思ったら、いつでも連絡してちょうだいね」
「はい! ありがとうございます!」
ジェマは擽ったい気持ちでペコリと頭を下げた。母親がいないジェマにとって、母親世代の女性から与えられる母性に満ちた愛は不慣れなものだった。けれど嫌ではなくて、むしろ心の奥底の渇きが癒えるようだった。
「ユウさん。ユウさんには、その、喜んでいただけるかは分からないのですが、これを……」
そのときおずおずとユウの前に進み出たチャロは、意を決して跪いた。その手にはよくある小箱。騎士たちはニヤニヤと笑った。ユウは想像している通りのものなのかと、緊張しながら頬を染めた。
「私と、婚約していただけませんか」
チャロの緊張でガチガチに固くなった声。ユウは予想していたことが現実となって一瞬呆然としていた。けれど後ろから先輩騎士たちから冷やかされてハッとすると、すぐに一礼した。
「謹んでお受けいたします!」
「本当ですか! やったぁ!」
チャロは喜びのあまり19歳の青年らしく飛び跳ねた。そしてすぐに視線に気が付いてハッとすると照れ臭そうに笑った。
「ユウさん、必ず幸せにします」
「はい、よろしくお願いします」
家を助けるために高位の貴族との婚姻を望んでいたユウだったが、それ以上にチャロの気遣いや穏やかさに惹かれていた。騎士としての凛々しい表情ではない、15歳の少女らしい笑顔だった。
一方、このプロポーズにユウと同じくらい目を輝かせていたのはジェマだった。プロポーズへの憧れ? そんなものではない。
「あの【マジックリング】、状態異常完全無効の錬金魔石が埋め込まれてる……!」
やっぱりジェマはジェマだった。