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固く重たい見た目とは裏腹に、内装は暖かみのある木製の家具で揃えられていた。ジェマは家具をマジマジと観察しながら歩く。
「ははっ、そんなに熱心に見られると照れてしまいますね」
「あっ、失礼しました!」
「いえいえ」
アイトはジェマの姿に微笑ましそうに笑いながら、騎士たちを応接間へ案内した。応接間も木製の家具で揃えられた落ち着いた空間で、騎士たちはホッと息を吐いた。
「すぐに兄を呼んできます。皆さんは寛いでいてください。キミ、お茶をお出しして」
「かしこまりました」
メイドがすぐにお茶を淹れて回り、室内には紅茶の華やかな香りが満ちた。騎士たちはそれに安堵し、小さく笑みも浮かんだ。
「ジェマ、改めて本当に助かった。ありがとうな」
シヴァリーがジェマの隣に腰かける。ジェマはシヴァリーの言葉ににこやかに微笑みました。
「いえ。私はただ、ジャスパーのために動いただけですから」
「ジャスパーさんの?」
シヴァリーが怪訝な表情を浮かべると、ジェマは少し迷うように視線を彷徨わせた。そして決心してシヴァリーを真っ直ぐ見据えた。
「あとで、ジャスパーのことで2人でお話がしたいです」
「分かった。あとで時間を取ろう」
シヴァリーは柔らかく微笑む。その表情にジェマも幾分か気持ちが落ち着いた。そしてその穏やかな空気のなかでそれぞれが談笑しながら紅茶を楽しんでいると、ガチャリと応接室のドアが開きました。一同が立ち上がると、アイトと共に1人の青年が入ってきました。
貴族らしい華美さはなく、穏やかな好青年といった出で立ち。アイトと同じ白濁した瞳と銀髪。長髪であることは違うが、よく似ている2人だった。
青年は騎士たちとジェマの前に立つと、穏やかに微笑んだ。そして恭しく一礼した。
「皆さま、ご足労いただきありがとうございます。そして戦争へのご尽力に感謝いたします。私はマグネサイト辺境伯フェナカイト・マグネサイトが嫡男、チャロ・マグネサイトと申します」
騎士たちが深々と礼を返すのに合わせて、ジェマもペコリとお辞儀をした。チャロは騎士たちの顔ぶれをにこやかに見つめます。そしてジェマにも微笑みかけ、ふと視線がユウに止まりました。
「もしや、貴女でしょうか。我が弟を危機から救ってくださったのは」
「滅相もございません。アイト様にもお伝えしましたが、私ではなくジェマさんが助けたのであって……」
「ジェマさん、というのは?」
「私です」
ジェマが手を挙げると、チャロは驚いたように目を見開いた。そしてふわりと微笑みました。
「なるほど。キミがそうでしたか。ああ、仔細は弟から聞いていますから、ご心配なく。皆さまへの返礼とともに、ユウ様とジェマさんにはさらにお礼をさせていただきます」
チャロが言うと、ユウとジェマは顔を見合わせて、すごすごと一礼した。流石に辺境伯家の次期当主に口答えはできない。ここは受け取っておくことが吉だろう。
「ありがたき幸せ」
「ありがとうございます」
ユウとジェマの答えにチャロは満足げに笑った。そして全員を見回すとにっこりと微笑んだ。
「今夜のパーティーに皆さんをご招待いたします。それまでごゆっくりお過ごしください」
チャロさんが立ち去ると、一緒にアイトさんも皆一様にホッと息を吐いて手足を伸ばす。全員辺境伯家とは比べ物にならないような低い階級の家の出身だ。当然緊張もしてしまう。1番のんびりと構えているのは、平民出身のシヴァリー。ガチガチに緊張しているジェマとは雲泥の差だ。
「ジェマ、ちょっとは力抜いた方が良いぞ。疲れるから」
「どうしたらそんなに気を抜いていられるんですか」
「そうだなぁ。不敬を働いたところで盾に取られるものもないし、失うのは仕事くらいだ。仕事だって、別に騎士を首になったら冒険者になれば良い」
あっけらかんと言うシヴァリーに、隣で控えていたハナナがため息を漏らした。他の騎士たちも同じ気持ちなようで苦笑いを浮かべている。
「失うものがないというのは強みにも弱みにもなります。あまり堂々と言うものではないですよ」
ハナナの言葉にシヴァリーは肩を竦めた。失うものがあろうがなかろうが。それを強みとするか弱みとするかは人それぞれだ。
それからしばらく騎士たちをジェマ、ジェットがややのんびりと過ごしているとアイトが呼びにやってきた。
「皆さん、パーティーの準備が整いましたので、ご移動をお願いします。それから」
アイトはユウとジェマを見て柔らかく微笑んだ。
「美しいレディたちにはドレスのご用意もありますが、いかがいたしましょう」
アイトの提案にジェマはピシッと背筋を伸ばした。そしてそのままスーッとハナナに視線を動かした。シヴァリーを選択しなかった理由は察しよう。
「我々騎士は正装ですが、ジェマさんは違いますからね。ドレスをお借りした方が良いかと。ユウは護衛として付いて行ってください。着替えるかどうかは、貴女に任せます」
「分かりました」
ユウが頷くと、アイトはにっこりと笑う。
「それではユウ様とジェマさんはこちらへ。セバス、ジェントルの皆さんは会場へ」
「承知いたしました」
こうしてジェマとユウはアイトについて控室へ、シヴァリーたち男性陣はマグネサイト家執事のセバスについて会場へ向かった。
「ピィ?」
「ジェット、おいで」
「ピッ!」
どちらへ行くべきか迷った男の子、ジェットはジェマの肩に飛び乗って控室へ向かうことになった。