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ハナナが目を覚ましてからしばらく。ジェマはハナナの魔力を十分に補充してからハナナへ繋いだ魔力回路を切った。
「ハナナさん、ありがとうございました」
「いえ。私こそありがとうございます。結局、助けられてしまいましたね」
ハナナが情けなく笑うと、ジェマはゆったり首を横に振った。
「ハナナさんが魔力コントロールの技術を持っていなかったら、私もジェットも、街にいるジャスパーも危なかったんです。本当に、ありがとうございます」
ジェマが微笑むと、ハナナはしばらくボーッとその笑みを見つめていた。そしてホッと息を吐くように微笑むと、ジェマの手を取った。
「ジェマさんにはいつも救われます。ありがとうございます」
ハナナの笑みは少年のようで、第8小隊の面々はニヤニヤと笑った。ハナナはそれに気が付くと慌てて咳払いをした。
ジェマはジェットから手のひらサイズの大きめの魔石をもらって、自らの魔力を補充する。魔石が9つ爆ぜたころ、ジェマはようやく魔力の不足を感じないほどに回復した。それが総魔力量のどれほどなのか。ジェマ自身にも分からなかった。
「それで、戦争はどうなりましたか?」
「終わったよ」
ジェマの言葉に答える声に、一同は振り向いた。そこに立っていたのはシヴァリーだった。その後ろからはナンとカポックも汗を流しながら入ってくる。
「敵将である貴族は捕縛、敵兵は皆降伏。抗戦の意思がないのでそのまま城を明け渡させました。それによってこの戦争は終戦交渉を行う運びとなりました」
シヴァリーがフェナカイトに報告すると、フェナカイトはふむ、と頷いた。
「皆の者、大儀であった。これから私は敵将との終戦交渉を行ってこよう。会議には私の部下を連れて行く。兵士たちとオレゴス支部の騎士団は帰宅し、家族へ無事を知らせると良い。ファスフォリア支部の騎士団とジェマさん、ジェットくんは我が屋敷へ案内しよう。アイトは回復しているか?」
フェナカイトが問いかけると、救護テントの奥でちょうど手当てを終えた騎士がゆらりと立ち上がった。
「はい、父上。動けます」
「ふむ。ではアイトはファスフォリア支部の騎士団の皆さんを屋敷へご案内しろ」
「承知しました」
アイトと呼ばれた騎士。その姿はフェナカイトと瓜二つ。白濁した瞳に銀色の髪。髪がツンツンしているフェナカイトに比べて、アイトはふわふわした天然パーマが醸し出す柔らかな雰囲気が印象的だった。
「では、私は行ってくる。行くぞ、お前たち」
フェナカイトは側近たちを連れて敵将が捕縛されている幕の中へと向かっていった。それを見送ると、アイトがにこやかに微笑んだ。
「改めまして、皆さまをご案内させていただきます。マグネサイト辺境伯フェナカイト・マグネサイトが次男、アイト・マグネサイトと申します」
アイトが恭しく一礼すると騎士たちは敬礼をする。ジェマとジェットはあわあわしながらシヴァリーの真似をした。その姿にクスリと笑ったアイトは、ふと視線をユウに向けた。ユウが不思議そうに首を傾げると、アイトは柔らかく微笑んだ。
「貴方にはこの命を助けていただきました。感謝いたします」
「いえ。助けたのはジェマさんですから。それに、アイト殿であれば、あのような状況も打破することができましたでしょう。出過ぎた真似をいたしました」
ユウはそう言って謙遜する。普通の貴族であれば謙遜されてニヤニヤと笑う。けれどアイトは、困ったように笑った。
「ユウさん。私は貴族ですが、心からの感謝を貴方に送りたいのです。この気持ちは、受け取っていただきたい」
アイトが柔らかな口調で言うと、ユウは小さく笑った。
「勿体ないお言葉。しかとお受けいたしました」
礼儀は欠かさずとも、ユウは感謝を正面から受け止める。アイトはそれに満足したのか、1つ頷いてからポンッと手を叩いた。
「それでは、そろそろ参りましょうか」
アイトが先導して、第8小隊の面々の中央にジェマとジェットを配して警護する形で進む。その道中、ジェマは歩きながら【回復ポーション】を量産したり、道端で薬草や鉱石の破片を拾ったり。流石に魔物と戦う体力はなかったけれど、可能な限り素材を採取して歩いた。
「凄いですね。屋敷の周りにこんなにも素材が落ちているとは思いませんでしたよ」
ジェマが3歩ごとに採取して歩く姿に、アイトは苦笑いを浮かべた。シヴァリーはその気持ちが分かると言わんばかりに苦笑いを浮かべたけれど、ジェマはにっこりと笑った。
「よろしければ道具師ギルドが買い取りしている薬草を少しお教えしましょうか? 例えば出先で誰かが怪我をして、【回復ポーション】が不足している、なんてときにそういった知識が役立ちます」
「それは有難い。また屋敷についたら教えてくれますか?」
「もちろんです」
ジェマは営業スマイルで答える。貴族への作法に悩んだ末の打開策だった。その姿からジェマの考えを見抜いたハナナは小さく微笑んだ。
「よろしければ、私も一緒にご教授願えますか?」
「はは、学ぶ仲間が多いことは良いことですね。ジェマさん、ハナナ殿と一緒に学ばせていただきたい」
「はい、よろこんで」
ジェマはアイトが前を向いてすぐ、ハナナに頭を下げた。作法も分からないのに貴族と2人きりになることなく、気心の知れたハナナが傍にいてくれるとなれば、心強い。ジェマはハナナも貴族であることはすっかり忘れているようだが。
「さあ、ここが我がマグネサイト家の屋敷です」
アイトがそう言って微笑む。そこには石造りの要塞のような屋敷が経っていた。