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 悲鳴を上げたのはジェットだった。その目の前には倒れるジェマ。ジェットも苦し気に丸まり、息を荒くしている。



「ジェマさん! ジェットさん!」



 ハナナが駆け寄るも、ジェマは目を開けない。



「ピィ、ピィ……」



 ジェットが必死に訴えかけるが、ジェットの言葉はジェマにしか伝わらない。ハナナは冷静に状況は見極める。



「魔力欠乏症のようですね。すぐに魔石をありったけ集めてください。応急処置をします。ジェットさんも運んでください」



 ハナナの指示に従って、ジェマとジェットは救護テントへ運び込まれた。ジェマとジェットの周りにはありったけの魔石と錬金魔石が山のように並べられ、ジェマはその中央で眠っていた。



「問題は、これをどうやってジェマさんの体内へ流し込むか、なのですが」



 ハナナは自らの手を見つめる。ハナナは誇れるような剣の腕がなく、それでも知識を付けた。それでも騎士であり続け、地位の低さと弱さから非道な扱いを受けても誇りを捨てなかった。そこを自分の右腕に、部隊の参謀にと引き入れたのが、シヴァリーだった。


 その日から、シヴァリーが望む道を共に歩むと決めた。彼を尊敬し、彼と共に高みを目指すことが生きがいだった。


 そんなシヴァリーが目を掛ける少女が現れた。どんな人か、騙されてはいないかと訝しんでいたところに、今回の護衛の勅命が下った。ジェマはシヴァリーが気に掛けるだけあって、実力があり、素直で、何より優しさに溢れていた。


 騎士として恐れられることも、騎士なのにと蔑まれることもあったハナナをただ1人の人間として見てくれた。そんなジェマとの時間は、ハナナにとって心を癒すひと時だった。



「私が、助けますから」



 ハナナはそう呟くと手を翳す。第8小隊の面々が見守る中、ハナナは自らの魔力回路を魔石とジェマの魔力回路に中継するように繋ぐ。魔石からハナナに、ハナナからジェマに。緑色の魔力がゆったりと流れていく。


 第2王子からの勅命だから。敬愛するシヴァリーが気に掛けている相手だから。それだけではない守りたい理由。ハナナはこれまでにないほど魔力に意識を向ける。



「これは……」



 ユウが声を漏らした。他の騎士たちは息を飲んでその光景を見守る。大量の魔力を纏い、操るハナナは誰の目から見ても美しかった。


 魔力のコントロールは鍛えれば向上する。けれど魔法が使えない人間にはそれは大抵不要なことだった。ましてや剣を握って戦う騎士たちは、魔道具を使用することもない。魔道剣士という仕事もあるが、それは冒険者の仕事だ。魔力コントロールは騎士より冒険者の方が鍛えていることが多い。


 けれどハナナは、剣の腕に自信を持てない分、魔道具を戦闘に組み込むこともあった。そのため、魔力コントロールに対しても覚えがあった。人知れず、騎士らしくないと言われる戦い方を鍛えてきた。それが功を奏したのだ。ハナナは誰の目も気にせず、ただ目の前の魔力の流れに集中した。



「うっ……」



 微かに、ジェマの瞼がピクリと動く。その瞬間、周囲に山ほど置かれていた魔石と錬金魔石が塵になるように爆ぜた。キラキラと魔力が空気に溶けていく。魔力の根源が失われ、ハナナは魔力操作の手を止めた。



「ジェマさん……」



 この場に魔石はもうない。ハナナは未だ意識が戻らないジェマの手を握った。魔力欠乏症の場合、最低でも意識が戻るまで魔力を流し込む必要がある。一般的には保有魔力量の1割と言われている。魔力量が膨大なジェマはそのハードルまでが遠い。



「ハナナさん、これ以上は……」


「いえ、やります」



 ユウの制止を聞かず、ハナナは自らの魔力をジェマに流し込む。全員がその表情に何も言えなくなった。日ごろ冷静沈着なハナナの、慈愛に満ちた表情。敬愛するシヴァリーを見つめるときとも違う表情。


 ほんの一瞬の出来事だった。ハナナがその場にどさりと倒れた。糸が切れたように、唐突に。咄嗟にユウが支えなければ、頭を打ち付けていたかもしれない。



「ハナナさん! しっかりしてください!」



 ハナナは意識を失い、顔色が悪い。魔力欠乏症の初期症状だ。



「うぅ……」



 ハナナが倒れたことと引き換えに、ジェマが目覚める。ジェマが目覚めると、苦しんでいたジェットも身体を起こしてぴょんっとジェマの肩に飛び乗った。



「ジェット……ごめん、ジェットまで消えるところだったね。ごめん」


「ピィピィ!」



 ジェットはジェマの謝罪を受けるよりも先に、けたたましく警告を知らせる声を出す。ハナナが危ない、その警告にジェマはハッとした。重たい身体を動かして、ハナナの傍に座り込む。



「ジェット、魔石を!」


「ピッ!」



 ジェットが【次元袋】を持ってくると、ジェマはそこから小さな魔石をいくつか取り出した。



「多分、これくらい」



 ジェマは魔石と自分の魔力回路を繋ぎ、自分とハナナの魔力回路を繋ぐ。ジェマの周囲に緑色の魔力が満ちると、ジェマは慎重にハナナへ魔力を流し込む。魔力過剰にならないように、慎重に、ゆっくり、適正量を。


 しばらくすると、ハナナは目を開いた。そして自らの身体へジェマから流れ込む魔力の道をぼんやりと見つめる。そしてその繋がりに、柔らかく微笑んだ。



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