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ユウを見送った直後。再び敵兵が攻め込んでくる。
「抑えろ! 彼らがいる間は火薬武器は撃ち込まれない!」
フェナカイトの指示に、兵士や騎士たちが雄叫びを上げて敵兵を迎え撃つ。剣と剣の鍔迫り合い。ジェマはそれを横目にジェットと一緒になってガサゴソと【次元袋】を漁った。
「ピッ!」
ジェットは【回復ポーション】を大量に取り出すと、それを救護テントに運ぶ。一方ジェマは敵を傷つけない武器を探す。【煙幕玉】以外にも拘束用の【マカロン】や麻痺毒を塗った【抽籤】など。ポンポンと出てくる道具たちにフェナカイトは眉を顰めた。
「これを全て提供するとでも言うのか?」
「はい。その代わり、敵兵をなるべく殺さないで欲しいんです」
ジェマの言葉にフェナカイトは馬鹿にしたような顔をする。シヴァリーも呆れたように頭を抱えた。
「お嬢ちゃんには分からないだろうがな。殺さなければいつまた戦争になるか分からない。こちらが殺されかねないんだ」
「そうでしょうか?」
フェナカイトの言葉に、ジェマは即座に反論した。フェナカイトは反論されると思っていなかったのか、眉間に皺を寄せる。ジェマの傍を離れないシヴァリーは冷静な顔を保ちながらも、ジェマが不敬罪で切り殺されないかと内心ヒヤヒヤしている。
「ここで敵兵を皆殺しにしても、その家族に憎悪が残ります。そしてその憎悪は新たな火種となり戦争が起こります。だったら、ここで平和的な解決を目指す方が賢明ではありませんか?」
ジェマの言葉にフェナカイトはふんっと鼻を鳴らす。
「お嬢ちゃん、それは綺麗事だよ」
フェナカイトの言葉が途切れた瞬間、ジェマは空気を切る音が聞こえた気がして慌てて本陣の幕の外に出た。そして敵味方が混じり合う戦火の渦中へと落下していく火薬武器を視界に捉えた瞬間、反射的に魔力障壁の錬金魔石に魔力を流した。
先程よりも地面に近い位置で展開された魔力障壁が火薬武器を受け止める。火薬武器が爆発した轟音。防風だけでなく衝撃波が周囲を薙ぐように唸る。数十人の兵士が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「自分の兵士まで巻き込むなんて……」
状況に気が付いて幕から顔を出したシヴァリーが歯ぎしりをすると、フェナカイトは敵陣の本拠地を睨みつけた。
「外道が……」
吐き捨てられた言葉が誰かの耳へ届くより先に、次々と火薬武器が投下される。兵士たちは敵味方関係なく逃げ惑う。味方は本陣へ引き返したが、敵兵は自陣へ引き下がろうとした退路へ火薬武器が落下の軌道を描く。
敵兵たちが絶望に足を止め蹲る。ジェマは流す魔力量をさらに増やして魔力障壁の範囲を無理やり広げる。魔力障壁はギリギリ火薬武器を受け止める。その衝撃にジェマはジリッと後退したが、足に力を込めて踏ん張った。
「ジェット! 怪我をして動けない人にできる限り【回復ポーション】を配って!」
「ピッ!」
ジェマの敵味方関係なく救いたいという思いを受けて、ジェットは暴風が吹き荒れる中へ飛び込んでいく。軽い身体は風に流される。けれど器用に糸を吐いて身体を固定しながら、【回復ポーション】を配り、いや、投げ歩く。
手元に投げ込まれた【回復ポーション】を飲んだ兵士たちは、敵味方関係なく敵陣から離れる。結局敵味方関係なくマジフォリア王国側の陣へ集まる。ジェマから【マカロン】を受け取った騎士や兵士は敵を縛り上げていった。
敵兵の中に抵抗する者はいなかった。それは自らの命を平然と刈り取ろうとした上層部に対する絶望と、目の前で敵であっても救おうと1人で魔力障壁を展開するジェマへの敬意だった。
「あの嬢ちゃんは、何者だ……」
フェナカイトは呟いた。シヴァリーを始め、騎士たちもジェマの魔力量の多さは知っていた。けれどそれがここまでの転移だけでなく広範囲で強固な魔力障壁を長時間展開することができるとは夢にも思っていなかった。
しばらくして、火薬武器の落下が止んだ。その刹那、第8小隊随一の俊足、ナンが帰還した。
「報告します! 敵方の火薬武器が枯渇しました」
ナンの報告にマジフォリア陣営の兵士たちは歓声を上げた。フェナカイトは深く頷くと、ビシッと手を前に振りかざした。
「よし! では全軍で攻め入るぞ!」
「お待ちください!」
フェナカイトが格好良く決めたところに、ナンが声を張り上げる。フェナカイトは不快そうに眉を顰めたが、口を開くことはしなかった。
「敵兵は分断し、抗戦の意思があるのは上層部の貴族のみです」
「ふむ。それでは、その貴族を捕らえれば終わりだな。シヴァリー、任せて良いな?」
「よろしいのですか?」
「ああ。情報を持ち帰ったのはお前の部下だからな」
「承知しました」
シヴァリーは恭しく頭を下げる。そして誰1人欠けていない自分の部下たちの顔を見渡した。
「カポック、ユウ、俺と来い。ハナナ、ここは任せた」
「承知しました」
シヴァリーとカポック、ナンが風のように去る。本陣の中が勝利の喜びに満ちたとき、周囲に人間のものではない甲高い悲鳴が響き渡った。